日本の有名な歌集「百人一首」に収められている和歌の中から、「月」を詠んでいる恋歌をご紹介いたします。
百人一首/第三十番歌
有明の つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし

この歌には「月」という語句は使われていません。月は「有明」という語句で表現されています。

(画像はイメージです/出典:photoAC)
事前の知識として、
「有明」の意味と、当時の慣習である「通い婚」を知っておいて下さいませ。
①「有明」:月が空に残ったまま夜が明けること、またその時分。朝まで残る月のこと。
②「通い婚(妻問婚)」:夜になると男性は女性の家を訪問し、夜の間に逢瀬を楽しみ、男性は朝になると自分の家へ帰る・・というものです
画像例を載せました。情景を想像してみましょう
有明の つれなく見えし 別れより
暁ばかり 憂きものはなし
〔読み〕
ありあけの つれなくみえし わかれより
あかつきばかり うきものはなし
【 有明/例 】

(画像はイメージです/出典:photoAC)
*
・「つれなく」:「つれなし」の活用形 /①冷淡だ 。無常だ。②こだわりの気持ちがない。平気だ。③自分の意志のままにならない。
・「つれなく見えし別れ」:明け方になって、逢瀬の二人はその日の別れをするわけですが、男性からみて(つまりこの歌の詠み手)、”女性は別れることにそっけなかった”…..と詠っているのです。そっけない女性の態度に、男性はおそらく動揺したのでしょう。〔もうひとつ、「つれないのか月であった」という解釈もあります。〕
・「より」:これは比較の意味ではなく「~から」という時間の経緯を意味しています。
・「暁」:夜明けまえのまだ暗いうち。
【参考】
〔有明の月〕
月が空に残ったまま、夜が明けること。また、その時分。また、朝まで残る月。必ずしも明け方だけをさすとは限らず、陰暦十六日以降の夜更けに出て、翌朝まで残る月をいうこともある。(以上、引用終わり)
〔有明〕
月が空に残ったまま、夜が明けること。またその時分。/まら、朝まで残る月。
〔参照した古語辞典/角川 必携古語辞典 全訳版:平成 9年11月初版〕

(画像はイメージ、例です/出典:photoAC)
【意訳】
「有明の~」を、意訳してみました
私は、貴女との逢瀬を終えて、
私は、後ろ髪を引かれる思いで貴女の家を後にした。
その時、空には有明の月が、そしらぬ顔をしてぽっかり浮かんでいた。
ただ、その時の別れ際の貴女の態度といったら、
それは、逢瀬の後の別れに相応しいものではなかった。
どうして、貴女はあんなに素気なくしていられたのだろう…。
私のことは、もう貴女の眼中にないのだろうか…。
だとしたら、それは辛くで悲しいものだ。
ああ、その時からだ。
暁に浮かぶ月を見る度に、
私は、あの時のことを思い出してしまう。
私にとって、暁の頃ほど辛くて悲しいものはない。

この歌は、いろいろな資料を読むと、二つの解釈があるそうです。
それは、以下のふたつです。
①「つれない」のは月ではないのか?
②「つれない」のは、相手の女性だ。
①の解釈は、
私は後ろ髪を引かれる思いで彼女と別れてきたというのに、月はそんな私の惜別の気持ちを知らないで、ぽかんと朝方の空にそっけない表情で浮かんでいたよ。だから、有明の月を見ると、暁の頃の惜別を辛く思い出すのさ。
②の解釈は、
彼女の家を訪れたのに、男は彼女に「つれなく」され、追い返されてしまう。その時、空に浮かんでいた月が辛い記憶になって残り、それ以来、有明の月が出ている暁の頃ほど辛いものはない…という解釈です。
私はというと、
デートをしたけれども、その別れ際の彼女の態度がつれなくて、その素っ気なさと、なにくわぬ顔して浮かんでいる月のそっけさなを重ねた解釈をしてみました。
意訳には、そのような解釈の広がりという楽しさがあります。
歌と共に、そして十七文字の意味とともに、想像の世界を泳ぐのです。

(画像はイメージです/出典:photoAC)
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