
百人一首の英訳を読んだら、難解な解釈がとても分かりやすくなって楽しく鑑賞することができました。
和歌の心も英語も
同時に学べます
目 次
(画像はイメージです/出典:photoAC)

1.〔概論〕
詩歌を英訳して鑑賞する
詩歌を英語に訳すことによって、新たな発見を得ることができます。
・ひとつは、「詩歌の解釈に、ひとつの正解を求める必要はないんだ」ということに気が付きます。
ひとつの言葉には複数の意味があり、表現方法が複数存在することは日本語も英語も同じです。
解釈は、詩歌を読んだ時の感慨に合わせて表現方法を取捨選択する作業ですから、日本語と英語、二つの言語で解釈すれば、自ずから様々な表現の可能性が試され、様々な解釈が生まれます。
「私はこう感じました」「わたしはこのように解釈したい」という姿勢でいいのです。そこに詩歌鑑賞の楽しさがあります。
・ひとつは、英語の勉強に役立ちます。
自分で英訳に挑戦してもいいし、他の人が英訳したものから学んでも、どちらでもかまいません。
そこにも、ひとつの正解を求める必要はありません。表現方法は多々あるからです。
詩歌の解釈をしながら英訳を考える学習ですから、いろいろな言葉といろいろな表現方法を、ごく自然に学習していくことができます。
例えば、日本の有名な短歌に百人一首があります。この歌集には百首の短歌が収められていますが、そのうちの20首で「思ふ」という動詞が使われています。思うの英訳は通常 think ですが、色々な英訳を見てみると、必ずしも think を使っていません。何故でしょうか?
それを考えることが、無理のない自然な形で英語の勉強につながっていきます。
私は既に、二つの漢詩について、既存の英訳を生かして鑑賞することを試みました。以下がその記事です。ご一読いただければ幸いです。
・絶句/杜甫/絶句の英訳から学ぶ漢詩の鑑賞方法/悔しさと人生の重さ
・春日醉起言志/李白/英訳から学ぶ漢詩の鑑賞/なぜ酒を飲むのか?
(画像はイメージです/出典:photoAC)

2. この記事のテーマ
百人一首を英訳で鑑賞する
このテーマを選んだ理由を最初に述べます。
【理由】
百人一首には「思ふ」や「思ひ」という言葉を詠んでいる歌が20首あります。5首のうち1首なのだから、多いですね。
どんな歌なのかな? 共通する特徴はあるのかな? と思って読んでいたら、あることを発見しました。それらの歌の英訳を探ってみると、I think ~(名詞は thought)だと思っていたら、必ずしも I think ~(名詞は thought )ではないんですね。
実は、そこが詩歌の面白さなんです。
実は、「思う」「思ひ」というひとつの言葉をとりあげても、いろいろな解釈ができるんです。
だから、それを英訳すると I think ~ (又は thought )以外の表現も多々出てくるわけです。
この度は、百人一首の中から「思ふ」という動詞(又は「思ひ」名詞)を詠んでいる歌の英訳を紹介しながら、その歌の心に触れていきたいと思います。
なので、短歌の心も、英語も、同時に
※なお、英訳については以下を使わせて頂きました。ありがとうございます。

〔引用元〕
小倉百人一首(英訳)
Copyright (C) SIG English Lounge All Rights Reserved.
http://www3.to/kyomi/database/h1/
【記事の構成】
・よって、素材として取り上げる百人一首は、「思ふ」という動詞を詠んでいる歌を一首ずつ追っていきたいと思います。
・〔原文〕→〔英訳〕→〔解説〕の順に記述しました。
・英訳の欄には、「その英語表記をGoogle翻訳で日本語訳したもの」も加えました。
そしてさらに、
・〔直訳〕→〔意訳〕、〔私見〕についても記述しました。
・これらの記述と解説により「この歌、何言いたいのか分からない」という感想は、少なくなると思います。
・さらに、その歌への鑑賞が深まるので、短歌全体への興味も深まり、そして楽しくなり、また同時に英語の勉強にも役立つだろうと思います。
・直訳は「ちくま文庫」より、英訳はネットに公開されている既存のものを活用させていただきました。ありがとうございます。
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3. 今回の例題/恋の歌
第43番歌

逢ひ見ての 後の心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり

〔以下引用〕
My love to you could be nothing, compared with that after I met and slept with you.
〔引用終わり〕
〔引用元〕”小倉百人一首英訳” より
Copyright (C) SIG English Lounge All Rights Reserved.
http://www3.to/kyomi/database/h1/
〔※難解だと思われている古文が、こんなにも簡単な英語で表現できるんですね〕
〔参考/日本語訳〕引用元:Google 翻訳
”あなたへの私の愛は、あなたに逢って一緒に寝た後の愛にくらべたら、何でもないかもしれません”
※筆者によるオリジナル解説です。言葉の意味については、古語辞典とGoogle翻訳を活用しています。

・平安時代の「逢ふ」には、男女関係を持つという意味があることを念頭に入れておきましょう。
【逢い見る】
:以下引用 ”①顔を合わせる、対面する ②(男女が互いに見る意から)男女が関係を結ぶ ” 〔以上/角川 必携古語辞典 全訳版 平成9年初版より〕
*
・また逢いたい。また逢いたいという気持ちを伝えたい。その気持ちを分かることが、この歌の鑑賞のポイントだと思います。
*
【 ”after I met and slept with you ” 】
この表現は、とても分かりやすいですね。こういう部分に「英訳を読んで初めて分かる」という発見があるわけですから、英訳を知る意味は十分にあると思います。
*
【 compared witk ~ 】:~と比べて
過去(逢う前)と今(逢った後)の比較があります。比較は一方を強調するために使うレトリックです。ここにはラブレターとしての説得術として生かされています。再度逢ってもらえるように、熱い気持ちをさらに熱く伝えるための比較使用です。
・・・ただ、作者がそれらの理屈を考えて歌ったわけではないと思います。あくまで結果として、そのような理屈が読み取れるという理解でよいと思います。
*
【 could be ~】:推量/おそらく、たぶん、そうかもしれない....
「思はざりけり」なのですが、could be ~を使っていることで、後半に直接的な表現をしているにも関わらず、全体が柔らかくなっています。
【思はざりけり】
「けり」は詠嘆の助詞なので、直訳すると「思っています( I think ~)」です。学校の授業なら先生にそう言われるかもしれません。
ただ、詠嘆の中に推量がないとは言い切れませんよね。なので、この could be ~はとてもいい表現だと、私は思っています。
「思いました」と断定してしまうと、お世辞のように、なんだか白々しく聞こえてしまうかもしれません。すると、歌の奥行が薄れてしまいます。I think ~ としなかった意味はそこにあると思われます。
*
歌の解釈も曖昧さを残して、いろいろな状況を想像して楽しめる方法があります。それは、次に記します【意訳】です。【意訳】の楽しさにも触れて下さいませ。
(画像はイメージです/出典:photoAC)

4.【参考】
※書籍やネットなどで多々公開されている、ごく一般的な解釈があります。そのうちのひとつです。

[以下引用]
”逢って契った後の、この恋しく切ない気持ちにくらべると、以前の物思いなどは、何にも思わぬにひとしいくらいなのだった。”
(引用元:ちくま文庫/百人一首/2010年8月20日第15刷)
※筆者による意訳です。意訳〔free translation〕は詩歌を味わう一番の楽しみだと私は思っています。

貴女との逢瀬がやっとかないました。貴女に逢えてよかった。とても嬉しいです。また直ぐに逢いたいです。今、私の心に燃えている貴女への思い、貴女にわかりますか? 私の貴女への思いは、貴女と逢う前に抱いていた思いなど比べものにならないくらい、とても熱くなっているんです。またお逢いしましょうね。(意訳:かとうあきら/筆者)
5.【私見】

ようするに「逢ったら、ますます好きになりました! また逢ってくださいね」と言いたいわけです。
こういう内容は、英語の方がストレートに表現しやすくて、いいですね。
しかも、使っている英語は、ほぼ中学生で習う内容です。 compared with ~は高校1年かな?
難解な古文の短歌が、こんなに易しい英語で表現できるなんて、これは感動ものだと思いませんか? もしもこれを古文の授業で取り入れたら、古文の授業はもっと楽しく魅力的なものになると、私は思っています。
*
〔歌の内容、そのものについて〕
言い方を変えれば「思っていたよりも(想像していた逢瀬よりも)良かった!」というわけです。よくよく考えてみれば、言われる方にとっては、失礼な言い方かもしれません。
なので、もしも現実にこのようなことを云われて、相手からの次の誘いを断るつもりならば、その断り方は・・「私のこと、本当はどう思っていたのよ! 失礼な人ね! もうあなたとは会いません!」と言い放てばいいのです。
さてさて、冒頭に戻って「逢ってますます好きになりました」と言われたら、言われた方は何をどのように思うのでしょうか・・・
私は、大事なのは性格とか人柄とかも含めて考えることだと思います。
ご一読くださり、ありがとうございます。