介護の詩/特別運行列車3番線/老人ホームでの息遣いと命の灯68/詩境
老人ホームへ入居する理由。そこには、本人の気持ちや、ADL(日常生活の活動度合)の低下ではなく、”家族の事情” という場合もあります。それは、伴侶を亡くし一人暮らしをしている親を心配する子の心情です。老人ホームという終の棲家での生活に慣れるまでの期間は、本人様にとっても介護スタッフにとっても苦労の連続です。
「実は、そうだったんですね」って思える、そこに発見や再発見がある、そんな記事を書いていきたいと思います。
老人ホームでの出来事、感じたこと、高齢者様の息使いと命の灯を「詩」でお伝えしています。
老人ホームへ入居する理由。そこには、本人の気持ちや、ADL(日常生活の活動度合)の低下ではなく、”家族の事情” という場合もあります。それは、伴侶を亡くし一人暮らしをしている親を心配する子の心情です。老人ホームという終の棲家での生活に慣れるまでの期間は、本人様にとっても介護スタッフにとっても苦労の連続です。
老人ホームへ入居することは人生の一大事です。本人と家族(後見人)との二人三脚が求められます。入居したけれども「こんなはずではなかった」ということにならないように、体験入居をおこなっているホームもあるので、活用しましょう。ここでの有益な情報としては、本文の口語自由詩よりも、詩境以下を参考にしてみて下さいませ。
老人ホームへの入居には、実は本人様には迷いがあるのに、家族の意向が強くて入居を決めてしまう場合があります。その場合、本人様の受容できない心と不安が、”混乱”⇒”拒否”⇒”怒り”⇒”抑鬱”となって、本人に襲い掛かります。現場では対応に苦労します。そのような事例を口語自由詩にして表現しました。
老人ホームには、ニーズに合わせた、いろいろな特徴を持った施設があります。選ぶときには、各々の施設の何がどのように異なるのかを、きちんと調べることが求められます。その意識、及び準備のきかっけになればいいなと思い、老人ホーム内での一番面を垣間見るような形で、自由詩にまとめました。
介護の仕事に対して「大変でしょう」「体力いるよね」という言い方をよくされます。どんな仕事でもその大変さはそれぞれにあります。介護の仕事で大変だなと思うのは、例えば排泄介助の大変さではなく、実は、その人の心にいかに寄り添っていけるのか...ということなのです。そこが一番難しい。その為に必要なことを、ここに記しました。
一人で食べれないことはないけれども、食事介助をすれば沢山召し上がれるという場合、食介は自立を妨げる過剰サービスになるのでしょうか?どうせそのうち食介が必要になるのだから、気が付いた時から始めればいいという判断は乱暴でしょうか。満腹感ほど幸せなものはないと思う私は、いつも手助けをしてしまいます。その様子を言葉にしました。
私が最初に勤めたのは「住宅型」ではなく、要介護度の高い方がご入居されている老人ホームでした。そこには、終末期、入浴できない状態になってしまったご入居者様もいらっしゃいました。入浴できない場合は、身体を清潔に保つ方法として「清拭(せいしき)」をおこないます。身体を拭くのです。その時の経験を言葉にしました。
仕事の本質を語る時には、その仕事の What? How? Why?「何を?、どのように?、なぜ?」という問いにきちんと答えることが大事です。でも、介護の仕事の場合は、表面的な「きつい」「汚い」「危険」ばかりが取り沙汰されていて、最も大事なことを見失いがちです。介護の仕事の大事な事を、私自身の経験の中から探ってみました。
先日は、歩行器を使ってトボトボ歩くお婆ちゃんが「順送りだから、しかたがないか...」と口にされていました。私は、久しぶりに耳にする「順送り」という言葉に昔を思い出し、感慨深くなりました。同時に、どうせ死んでいくのなら、順番なんか関係ないのに...とも思いました。この作品は、その時の、私の心の動きを言葉にしたものです。
その方は、自分の葬儀の段取りを、度々話してくださいました。そのプランは、「虹の彼方に(オーバー・ザ・レインボウ)」で困難を排除して夢を追い続け、ビートルズの「オブラディ・オブラダ」で「生き続けろ」と勇気を与えてくださるものでした。最期まで凛とされたいた貴方様、ありがとうございました。