
月を詠んだ和歌/百人一首07/故郷の月/望郷ノスタルジア/天の原
時は717年(奈良時代710~794年)。唐では、楊貴妃を愛した玄宗皇帝の時代。遣唐使として唐へ渡った安部仲麻呂がいました。安部仲麻呂は、異国の地で月を眺めながらノスタルジア(望郷・郷愁)に浸ります。「これは、故郷で見た月と同じだ」という感慨。昔日を思うきっかけが、夜空に煌々と輝く月だったのです。
「実は、そうだったんですね」って思える、そこに発見や再発見がある、そんな記事を書いていきたいと思います。
時は717年(奈良時代710~794年)。唐では、楊貴妃を愛した玄宗皇帝の時代。遣唐使として唐へ渡った安部仲麻呂がいました。安部仲麻呂は、異国の地で月を眺めながらノスタルジア(望郷・郷愁)に浸ります。「これは、故郷で見た月と同じだ」という感慨。昔日を思うきっかけが、夜空に煌々と輝く月だったのです。
人生、不本意で辛い憂き世であることも多々あります。そんな時でも、夜半の月を見上げて「この月が、辛い今の、懐かしい思い出になるかもしれない。なんとか頑張って乗り切っていこう」・・そのように前を向い詠んだ和歌が、百人一首に収められています。孤独、憂鬱、絶望、悲嘆、無念・・が凝縮された和歌です。
百人一首には源氏物語の作者である紫式部の歌が一首収められていて「夜半の月」を詠んでいます。源氏物語にはその物語に合わせて800首近い和歌を書いている、文才にも和歌の才能にも優れた紫式部の歌です。「夜半の月」をどのように詠んだのでしょうか。和歌をただ解釈するだけではなく、作者の心の有様を推察しながら鑑賞してみました。
百人一首の恋歌43首の中から、特に心狂おしい8首を選び解説しました。鑑賞の奥行を深めるために、直訳、英訳、英訳のgoogle翻訳、筆者による意訳、を各々載せました。歌は平安時代のものですが、それぞれの感慨が今に通じるものです。恋愛指南のひとつになれば幸いです。
与謝野晶子さんの「君死にたまふこと勿れ」は、中島みゆきさんの「時代」のメロディによく合います。その理由は、双方の詩が七五調で作られているからです。七五調という音調の、なんて美しいことでしょうか。この記事では、その美しさを発見するまでの過程を経て、そして実際に歌って証明をしています。
この詩のキーワードは「なまあったかい風」だと私は思います。冷たい風が、なまあったかい風になる・・そこには、過去~現在、そして未来への”時間の推移”を感じます。七五調でリズミカルに詠んだこの詩に中原中也は人生という時間軸を投影していたのでは?それを解説しました。
その昔、万葉集に「秋の野に 咲きたる花を 指折りかき数ふれば 七種の花」と詠んだ山上憶良。一口に秋と云っても長く、七草の開花時期、生育している場所は同じではありません。なのに山上憶良は七草を指折り数えたのです。そのワケを七草の生態を通じて推測してみました。
高村光太郎の有名な詩「レモン哀歌」を題材に、詩の鑑賞の仕方について「素直に読む」という視点で”鑑賞事例”をあげました。詩の味わい方のひとつの視点として、詩の世界が広がれば幸いです。
あの「自分の感受性くらい」という詩。私は、この詩から勇気をもらっています。この詩の、私の感じ方、勇気のもらい方を、ここに記しました。