百人一首/人生は長い旅/振り返れば恋しい今は昔/五七五七七で詠う二首


現代語の「恋しい」に該当する古語に「恋し(こひし)」があります。

私の手元にある〔角川必携 古語辞典/平成9年初版〕は、その意味を「ある事物、特に異性に心ひかれているさま。慕わしい。なつかしい」と説明しています。

現代語の「恋しい」は「離れた人や場所、事象などに強く心を惹かれるさま」という意味ですから、昔も今も、ほぼ同じ意味と理解してよいと思います。

この記事では、百人一首の歌の中で、「恋し」を「なつかしい」という意味で使っている二首について取り上げて解説しました。

なお、「異性に心ひかれるさま」という意味で「恋し」を使っている百人一首の歌は、八首あります。これらの八首については、別途「百人一首/恋の歌/「恋し」を詠み込んだ恋歌八首から、恋心を知る」で解説しましたので参考にして頂ければ幸いです。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

なお、解釈については意訳【Free translation】を試みました。

意訳【free taranslation】は、詩歌を味わう楽しみを、どんどん広げてくれる面白さがあるからです。

1.人生は長い旅。辛い人生でも恋しく思う、今は昔

第68番歌

心にも あらで憂き世に~

心にも あらで憂き世に ながらえば 恋しかるべき 夜半の月かな

【意訳】

生きていくのが辛い。こんなに辛い私の人生だけれども、まだまだこの先も生きていかなければいけない。いったい、なんの因果なんだろう・・。ああ、この先、生き長らえることができたら、きっと今夜のこの月を、恋しく思い出すんだろうなぁ・・。きれいな月だ。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

【解説】

「ながらえば」: 「ながらふ(存ふ)(永らふ)」⇒ 長生きする。長く続く。

「◇◇◇ に ながらえば・・・〇〇〇 かな」⇒ もしも「ながければ」〇〇〇なんだなあ・・という、この歌の骨格が見えてきます。 ~ば(仮定)+ ~かな(詠嘆)ですね。

※ 何を仮定しているのかといえば・・・、

「心にも あらで憂き世に ながらえば」⇒ 「心にも あらで」本心ではない「憂き世に」辛い私の人生が)「ながらえば」(続くのであれば) ”辛い人生が長く続くこと” を仮定しています。

※ そして、何に詠嘆しているのかといえば・・・、

「恋しかるべき 夜半の月かな」⇒ ”恋しく思うであろう、夜中の月” に詠嘆しています。

かとうあきら

何か理由があって、生きづらさを感じている様子が伺えます。

それでも、生きていかなければいけない事情を抱えているように思えます。

その時、鑑賞する者は、作者の事情を調べて知り、頷くことはあるでしょう。それが歌の理解を深めることもあるでしょう。

でも、詩歌の鑑賞は、それらの語句に含まれている意味が最も重要です。解説を読み作者の背景を知ることでしか理解できない詩歌というものが、もしもあるとしたら、その詩歌の出来具合は中途半端なような気がします。

この歌、厭世観はあるものの、未来を想起していることから、頑張って生きていこうという確かな意志を感じます。

私は、そこに共感をしました。心に残る、いい歌です。

2.人生は長い旅。振り返れば恋しいあの頃のこと

第84番歌

ながらえば またこのごろや~

ながらえば またこのごろや しのばれむ うしと見し世ぞ 今は恋しき

【意訳】

ああ、辛いなあ・・。でも、この先もまだ生き続けることができたら、きっと、今この時のことを、懐かしく思い出すんだろうなぁ・・。だって、辛かったあの頃のことを、今では恋しく思い出しているのだからなぁ・・。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

【解説】

「ながらえば」:直前に解説した第68番歌「心にも あらで憂き世に~」と同じ使い方です。

「しのばれむ」:「しのぶ(偲ぶ)」懐かしく思う ⇒ 推量の助詞を付けて「懐かしく思うんだろうなぁ・・」の意味。※「しのぶ」には同じ音の「忍ぶ(耐える・秘密のうちに行う)」があります。間違えないようにしましょう。

「うしと見し世ぞ」:「うし(憂し)」憂鬱な様子 ⇒ 辛かったあの頃。

かとうあきら

「うし(憂し)と見し世」とあるので、作者に厭世観はあったように思われます。

そして、今生きていることも、きっと、何か理由があって、辛いのでしょう。

でも、かすかな希望を胸に抱き「今辛いことも、後になったら懐かしく思うことだろう。だから、今は辛いけれども、頑張って生きていこう」と自分を励ましているように感じます

人生を、過去から現在、そして未来へと、一本の時間軸として意識していますね。つまり、人生という旅がここに見えてきます。

多くの歌は、その時々に起きている事象を対象にして、その情景や情緒を五七五七七に表しています。

人生という時間軸の中の、ある瞬間の出来事・・云わば「点」を歌にしています。

でも、この二首については、現在という視座にあって、過去だけでなく未来を、未来だけでなく過去も、眺めています。現在、過去、未来を、行ったり来たりしながら、人生を俯瞰しています。

数学で例えるならば、微分ではなく積分ですね。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

生きていれば辛いことは多々あります。死んでしまいたいことだってあるかもしれません。でも、それらの出来事は長い人生を見渡せば、ある時期のことであり、つまり「点」です。

つまり、もしも生きるのが辛いと思う時があったら、人生という長い時間軸を俯瞰してみるのです。

すると、今の辛さが数多くある出来事の中の、ひとつの出来事でしかないことに気が付くのです。すると、そこに生き続けていく勇気が生まれます。

この歌は、そのように生きる勇気を想起させてくれる人生の処方箋のように、私は感じてます。

この二首は、だから、他の歌とは趣を異にした味わいがあるのです。

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かとうあきら

ご一読、お願いいたします。

百人一首/意訳で楽しむ/恋、人生・世の中、季節・花、名月など

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