百人一首には月を詠んだ和歌が11首あります。
そのひとつひとつを味わい、空に浮かぶ月に「何かの意味」を見出そうとした詠み人の、その心の有り様に触れてみたいと思います。
今日は、その2首目です。(※写真は和歌から連想したイメージです。出典:photoAC)
月みれば
千々にものこそ 悲しけれ
我身ひとつの 秋にはあらねど
和歌というと、古語が使われていて、読みながら即理解することが難しい場合があります。
でも、百人一首に詠まれている月の和歌には、古語辞典で調べないとわからないような難解な語句は少ないです。少しわからない部分があっても、何度も読んでいると、なんとなく伝わってきます。そうやって、もしもその和歌に頷いたり感じたりすることがあれば、和歌の鑑賞というものは、それでいいのだと私は思っています。
この和歌で難しい言葉は「千々(ちじ)」だけでしょうか。「千々」は、”様々な” とか、”際限なく” とか、その量が多いことを表しています。
千という文字のその視覚からも、なんとなく”たくさん”というような意味なのかなぁ・・・と、感じる人もいるかもしれません。それでいいんです。1回読んだだけではわからなくても、何度も口に出していると、わかってくるときがあります。
さあ、何度も、何度も、口ずさんでみてください。頭には、夜空に浮かぶお月様を想像しながら・・・。すると、この歌の作者の心が伝わってきます。
【直訳】
秋の夜・・・わたしは、月を見上げる。
じーっと月を見ていると・・際限なくこみ上げてくる・・・もの悲しさ。
「秋はもの悲しいなあ。・・でも、このもの悲しさは、わたしだけではないんだよな・・・」
【技巧】
倒置法が見えますね。
「月みれば 我身ひとつの 秋にはあらねど 千々にものこそ 悲しけれ」と詠んでも、この和歌の意味は、ほぼ同じように伝わります。
ただ、倒置法の選択により、より強く伝えたい事柄は異なってきます。
この和歌の場合、作者が強調したかった、聴いてもらう人に伝えたかった・・それは「我身ひとつの 秋にはあらねど」なのです。なので、倒置したのです。
”より強く伝えたい文言を後に配置する” ・・・倒置法の効果ですね。
心理学に「系列位置効果」という認識があります。
たとえば、AとB、ふたつの事柄を相手に伝えるとき、伝達者は、Aの方が重要だ、BよりもAの事柄を記憶に残してもらいたいと思っていることとします。その場合、伝える順番を、A→B ではなく、B→Aという順番で伝えます。すると、後に伝えたAの事柄が、Bよりも印象に残る という効果を期待することができます。
なので、余談になりますが、相手の印象に残したい事柄は ”後に言う” というのが、セールスコミュニケーションでのテクニックとなります。
倒置法はそれと同じですね。
この和歌の作者は、「もの悲しい」ということよりも、「わたし一人が、もの悲しいのではないんだ、みんな、もの悲しいんだ」ということを、この歌で伝えたかったのです。
対句があります。
「千々」と「ひとつ」が対比されることで、”もの悲しさ” も、”わたしのひとりぼっち” も、どちらも強調されています。
【意訳】Free translation
あんなに暑かった夏は、いったいどこへ行ってしまったんだろう・・。気が付けば、もう秋だよ。夜空を見上げれが、煌々としたお月様が輝いている。
月を、じーっと見ていると、いろいろなことが思い出されてくるなぁ・・・。
楽しいことも悲しいことも、嬉しいことも辛いことも・・みんな過ぎていってしまったけど、みんなみんな私の人生だったんだなぁ・・・。過ぎてしまうと、なんだか、もの悲しいなぁ。
ああ、どんどんどんどん、もの悲しくなってくる・・・この秋の夜だ。
・・・いや、待てよ、この秋は、私だけでない、みんなのところにも来ているんだ。
・・・ああ、家族の顔、友達の顔、いろいろ浮かんでくる。
みんなみんな、きっと、わたしと同じように、もの悲しい気持ちを味わっているんだろうな。
みんな同じ・・・。
さあ、わたしひとり沈んでいないで、みんなと一緒に、力を合わせて生きていこう。
うん、それがいい。
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※ 「意訳」というのは、英語では Free translation と言うのだそうです。
※ 「意訳」は、原文の一語一語にとらわれず、全体の意味をくみとって解釈をすることです。
歌や詩の楽しみは、意訳の世界にあるのだと、私は常々思っています。なので、教育の現場で歌や詩を扱うとき、正解/不正解 というのは存在しないものだと思います。
なので、学校の試験で、和歌や詩を題材にする時がありますが、その設問の内容については、読む人の感性を重視した気配りをしてほしいものだと思います。
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☆【百人一首に関する記事の目次は、以下にございます】
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百人一首/意訳で楽しむ/恋、人生・世の中、季節・花、名月など
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