介護の詩|認知症高齢者への接し方|コミュニケーション|老人ホーム

※この頁では老人ホームでの出来事を、そこで働いている介護士が口語自由詩にてお伝えしています。

【車止めで一息81】

コミュニケーション

(画像はイメージです/出典:photoAC)

老人ホームで暮らす、お爺ちゃんお婆ちゃんのこと、

気になりませんか? 

少しだけでも気にしてみて下さい。

それは、人生最期の自分の姿…なのかもしれません。

貴女様の認知症は進行していました。

貴女様の認知症は便を便とは認識できない状態にまで進行していました。

貴女様は一日の大半を椅子に座ったまま眠って過ごし、目を覚ましていても無言、無表情、声かけに対する反応は希薄でした。

貴女様は何かを喋るときがありますが、その発声は言葉にならず意味不明でした。

貴女様は徐に立ち上がり、ぼんやりと歩き出すときがありました。そのときは貴女様が何処で何をするのか、貴女様が何処でどうなるのか…誤飲誤食、物品持ち去り、転倒…多くのリスクが想定されました。なので、貴女様の歩行には常にスタッフが同行するようになりました。

この詩は、そのような認知症の方とのコミュニケーションの一場面を描きました。

コミュニケーション 】

車止めで一息 81

コミュニケーション

花壇で微笑む赤い花団欒

仲睦まじく踊っている幾輪もの赤い薔薇

ゆらゆら ゆらゆら 穏やかな風に揺られて楽しそう

立ち止まったのは幾ばくか前に落ちた貴女様の顔

魂を抜かれたような虚ろな眼差し

風に揺れる赤い薔薇の花団欒に何を感じ取ったのだろうか

ほんの少しでもバランスを崩したら

よろけてしまうこともある危なっかしいADL

貴女様は介護スタッフに守られていた

温かくて優しい風に揺れている赤い花団欒

赤い薔薇は貴女様に何かを言ったのだろうか

貴女様の右手が楽し気な赤い薔薇を指さした

 腕は上がりきらず

 指も伸びきらないまま

 貴女様は何かを喋りだした

 δΦΔ…◇ΘБΣ..>Δψ▽…。

 分からない・・言葉になっていない

 でもその時

 虚ろな顔に何かが宿った

 それはきっと

 貴女様の心の発露に違いなかった

貴女様が何を喋っているのか何を言いたいのか

スタッフは分からない・・分からないけれども

すかさず貴女様の顔を覗き込こんでウンウンと頷き

間をあけず貴女様に嬉しそうに伝えた

「そうですよね、そのとおりですよね、ウンウン」

その言葉は方便だけれども、

それは貴女様に伝えたい共感だった。

言葉の意味は伝わらなくてもいい

共感しているという印象が伝わればよかった

「そうですよね、そのとおりですよね、ウンウン」

人は誰しも自分の気持ちを分かってもらえたら嬉しい

認知症になっても変わらない

それは人の性質だ

「そうですよね、そのとおりですよね、ウンウン」

スタッフが意識していたのはノンバーバルだ

嬉しい笑顔、嬉しい声、嬉しい口調、嬉しい雰囲気

そしてひと時

貴女様の目と意識が覗き込むスタッフの顔を捉えたその瞬間

貴女様は一瞬にしてしゃんとした

貴女様の虚ろは消えて

貴女様の表情には生気が蘇った

動いている、感じている、心が躍ろうとしている

風に揺れている赤い薔薇の花団欒

指は薔薇の団欒に向いたまま顔はスタッフに向かい

貴女様は陽気になって嬉しさを笑顔いっぱいに滲ませた

そしてさらに

貴女様は唐突に笑い出した

口を開け 歯を見せて 声を出して

可愛らしく笑い出した

ホォホォホォホォホォホォ・・・

笑顔のリラックスがさらに緊張を緩めたのだろう

何が可笑しいのはスタッフには分からない

分からないけれどもスタッフも笑った

貴女様と一緒に笑った

ホォホォホォホォホォホォホォホォ!

貴女様は笑いながら

盛んに何かを喋り

盛んに何かを訴えていた

Φ≫◇Ω..ψ÷ωΔ..и‰БЮ…

スタッフも笑いながら

貴女様の心の動きに共感を繰り返した

ノンバーバルというツールを使って

あんなに虚ろな表情で生気が無かったのに

今は笑顔

今は目覚めた魂

貴女様は上機嫌だった

とまれ

認知症は悲しいかな…短期記憶が残らない

たった今の上機嫌のワケだって 直ぐに忘れてしまう

忘れてしまえば また元の虚ろな貴女様だ

だからスタッフは

必死になって嬉しい声と嬉しい笑顔を伝え続けた

いつまでも・・・

ホォホォホォホォホォホォホォホォ!

【語句の解説】

私がよく参考にしております「健康長寿の認知症の頁」は分かりやすくまとめられていると思いますので、必要に応じて参考にしてみて下さいませ。

ADL日常生活動作(Activities of Daily Living)の略称で、日常的な歩行/食事/排泄/入浴/更衣/洗面などをおこなう際の能力の程度を指します。

〔例〕歩行がふらつくようになったりした時に、現場では「ADLが落ちた」という言い方をします。

そして、買い物/料理/金銭管理/趣味などについては、 IADL(instrumental activities of dairy living scale)と呼び、日本語では手段的日常生活動作と訳されています。

・instrumental は「手段、役に立つ、道具」という意味です。

高齢になると老化により上記の能力は徐々に衰えていきますが、認知症の場合にはそれらの能力が極端に低下します。なので介護は必須となります。

※もうひとつ、知っておきたいことに QOL(Quality of Life)があります。

QOLは、ただ長く生きるだけではなく、その人らしく、その人が心地よく感じられる「生活の質」を求めていきましょうという概念です。直訳は「生活の質」ですが、大きな意味では「人生の質」という理解もあってよいと思います。

〔例〕趣味に打ち込むことはQOLの向上に繋がります。友達とお喋りするのが楽しいと感じれば、それもQOLの向上に繋がります。入浴介助で「ああ~気持ちよかったぁ!」と感じて頂けたら、それはQOLの向上に繋がります。この詩の中で貴女様が笑顔を見せてくれたことは、QOLの向上に繋がっています。

バーバルとノンバーバル

バーバル(verbal)は「言葉による」、ノンバーバル(nonverbal)は「非言語による」という意味です。

コミュニケーションには非言語(ノンバーバル)コミュニケーションという手段がありますので、これを理解しておきたいと思います。

人と人とのコミュニケーションにおいて、言葉以外の相手様に与える印象・・話すときの、声の大きさ/トーン/テンポなど、表情/ジェスチャーなど、それらの非言語情報もコミュニケーションを構成する大事な情報です。また、服装などの見た目や、中腰になって話すなどの姿勢についても、非言語情報として理解されています。

心理学の分野に「メラビアンの法則」という通説があり、非言語コミュニケーションのヒントになります。

メラビアンの法則とは「コミュニケーションにおける発信者の発信内容が相手様に及ぼす影響は、話の内容などの言語情報が7%、口調やテンポ/トーンなどの聴覚情報が38%、見た目や姿勢などの視覚情報が55%の割合であった」という実証実験の結果に基づて、”相手様を印象付ける要素の割合は”言語情報”と”言語以外の聴覚情報”と”視覚情報”との間に一定の比率が存在する” というものです。

「人は見た目が大事」という言い方がありますが、この通説を裏づけるものでもあります。

つまり、コミュニケーションを円滑に進めるためには、非言語情報も大事にしましょう・・ということです。

ご家族様が・・・

ご家族様が自身の親に「なんで分からないの!」「何度も言っているでしょう!」「同じことを何度も言わせないでよ!」と、ヒステリックな大声で言っている場面を見かけることがたまにあります。

認知症が進むと言語は通用しなくなるので、言葉によるコミュニケーションには頼れません。なので「何度言っても~」は徒労です。云われる方は??・・「なんか怒っているみたい…嫌な感じ…」と気分を害してしまいます。いいコミュニケーションはとれません。

非言語メッセージを大事にして活用してほしいと思います。

下記の【考察】も参考にして下さいませ。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

【 詩 境 】

詩 境

この詩は最後の一行「いつまでも・・」を除いて、フィクションです。

〔非言語情報を大事にする〕

言葉による会話が成り立たなくなったとき、眼は見えている耳は聞こえている状態で、残るコミュニケーションの手段は非言語情報です。

それでも、もちろん言葉は使います。言葉で伝えますが、声の大きさ/テンポ/トーンなどに工夫をして(聴覚情報)、表情を豊かにして(視覚情報)、そういう情報が相手様にどのような影響を与えているのかをよく観察しながら、コミュニケーションをとっていただきたく思います。

〔感情に共感する〕

もうひとつ、言葉による会話が成り立たなくなったときは、相手様の感情をよく観察してください。そして、その感情に非言語メッセージを加えて共感を示すということを試みて下さいませ。すると、非言語コミュニケーションがとれるようになります。

たとえ認知症が進み、言葉による会話が難しくなってしまっても・・、

ほんの少しの間だけでも、たとえ非言語コミュニケーションであっても、一緒の時間と一緒の空間に同じ気持ちでいられたら、双方にとって嬉しい瞬間だと思います。

その嬉しい瞬間を、少しでも多く持てたら・・そこには小さいけれども、幸せがあります。

そして、介助者の心にはゆとりが生まれます。心のゆとりは次の介助をやりやすくしてくれます。介助される側には、短期記憶は残りませんが繰り返しているうちに”いい印象”を持っていただけるようになります。それは心地よい感情であり、心を穏やかにしてくれます。

以上の事柄を伝えたく思い、この作品を書きました。

そしてもうひとつ、現在の介護に対する理解の仕方についても知っていていただきたく思い、以下の【考察】に書きました。なぜなら、私はもちろん、これを読んで下さっている方も皆、いずれは介護される側へと移っていくからです。

【考察】

〈介護の考え方の変遷について〉

〔認知症という呼称〕

私の手元には「老人の心理がわかる本」/発行:河出書房新社/初版2000年9月…があります。そこには認知症という言葉は使われておりません。認知症は「痴呆」と表現されています。25年前、認知症は「痴呆」と呼ばれていたのです。

「私の母は痴呆なんです」よりも「私の母は認知症なんです」の方が、その語感からくる印象が「なんとかして救えそう」という思いを抱かせてくれるのではないでしょうか。

そういう意味で、日本の行政が「痴呆」を改め「認知症」と呼称変更をおこなったことは、とてもいい決定であったと思います。

ちなみに、「痴呆」を「認知症」という呼称へ改めることは、2004年の年末に開かれた厚生労働省の検討会で決まりました。この報告書(以下の参考)を読むと、認知症でない人たちによる認知症の方への認識がどのようなものであったかが読み取れて興味深いものがあります。

〔参考:「痴呆に変わる用語に関する検討会」報告書/2004年12月24日〕

〔介護に対する概念の変化〕

おおよそですが、2001年を超えた辺りから、介護に対する取り組み方が変わりました。

具体的には、2001年に開かれた世界保健機構(WHO)の総会において定められた「国際生活機能分類(ICF)」によります。

〈昔の介護/2001年より前〉

介護の仕事は、食事/排泄/入浴への介助だけしていればそれで終わりました。

認知症であれば、以下のような認識で「食事」「排泄」「入浴」中心の介護でした。

 :「痴呆」という機能障害。

   ⇩

 :生活上の能力に支障がある。

   ⇩

 :社会参加できない

なので、この詩のような認知症でADLの低下が認められる場合には、

「転倒したら大変」「洗面所の洗剤を誤飲したら大変」「ロビーに活けてある花をむしったら大変」という介護側の都合が⇒「寝かせておきましょう」という判断になっていたと思います。人としての尊厳は保たれず、身体機能の衰えはどんどん進んいくしかなかったと、今想像できます。

〈現在の介護/2001年以降〉

2001年のWHOによる「国際生活機能分類(ICF)」により、病気や身体機能の衰えはただの「健康状態」であり、そこには「環境因子」と「個人因子」が深く関わっているのだから、それらを総合的に俯瞰して介護に取り組みましょうという考え方に変わりました。

なので、この詩のような認知症でADLの低下が認められる場合でも、以下のような対応をとっていきます。2001年より前とは大違いです。

・「何を喋っているのかわかりませんが、まだいろいろな対象に反応されるではありませんか。ならば散歩したり話しかけたり、今の機能が少しでも維持できるように努めましょう」・・今ある機能をできるだけ保持していきましょうという考え方です。

・「ふらつきはありますが、歩けるのですね。ならば歩きましょう。歩いて、歩く機能が衰えないようにしましょう」・・これも今ある機能をできるだけ保持していこうという考えです。転倒のリスクはあっても、歩かせて機能維持を務めることを優先させます。歩行器の使用を促す場合もあります。もちろん移動にはスタッフが一緒に付いて見守りをします。

2001年の国際生活機能分類(ICF)の制定以降、介護の本質は以下のように認識されるようになりました。以下は、いろいろな資料を元に私が要約したものです。AI生成ではありません。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

【認知症高齢者への接し方】

この詩でスタッフがとった認知症の方への接し方、つまりコミュニケーションテクニックは、以下の通りです。

ただ、ご家庭でご一緒に生活されている認知症患者様にすぐ役にたつかというと、実際には難しいと思います。何故なら、家庭では周囲の者から認知症患者様へ「〇〇してほしい」というお願い、そして「◇◇してはだめ」という禁止依頼、この二つの欲求でいっぱいいっぱいになっていると思われるからです。

一緒に生活をしている認知症患者様が比較的穏やかな時、そして介護する人も焦らずにいられる時、そういう時を見計らってチャレンジしてみて下さい。心が通う場面が一瞬でもあれば、それが双方の癒しになり、介護者にとっては自信にもなり、その後の介護がやりやすくなると思います。

①相手様の感情に共感する。

・相手様が薔薇の花を見て何かしら心を動かされました。なのでスタッフは、もっと心が動き、もっと心を開いていただけるよう、何をしたのかというと相手様の心の動きに共感をしました。

認知症患者様へ接するときは、その方の感情に共感すると、その方に寄り添うことがしやすくなります。

・人は共感してもらえたら嬉しいものです。その方の承認欲求のコップに承認という水が注ぎこまれるからです。

〔参考:「高齢者の自己実現」

〔「承認欲求のコップ」:マズローの五段階欲求説における承認欲求を”コップに満たされる水”と見立てて説明する場合があります。云わば比喩です。〕

②共感の方法には、非言語メッセージを多用する。

・相手様が、言葉を失っていてもいなくても、共感を伝えるためには言葉だけに頼るのではなく、非言語メッセージを大事にしていきましょう。なので、意識して表情豊かに身振り手振りを添えて喋りましょう。その方法がノンバーバル(非言語)コミュニケーションです。

<基本>

1.姿勢

相手様と目線の高さを合わせましょう。子供に話しかけるときには、しゃがんで目線を合わせます。それと同じです。車椅子や椅子に座ったままの相手様に、立ったまま話しかけても上手くは伝わりません。目の前に座り、相手様と目線の高さを合わせて話しましょう。

2.口調

声の大きさ、話すスピード、テンポ、トーン・・相手様に合わせるのが基本です。

相手様に喜びを伝えるときには、相手様に合わせる必要はありません。意識して嬉しい気持ちを言葉に乗せていきましょう。なんとかして伝えたいという気持ちは、口調や表情の変化になって表れます。それが大事です。

3.表情

嬉しい話なら、意識して嬉しい顔をしましょう。

・さらに、ミラーリング(相手様と同じポーズ、同じ動きをする)、ペーシング(相手様の動作のスピード、発声のリズムなどに自分を合わせる)も活用するとよいと思います。私の経験上有効な場合があります。

※ミラーリング、ペーシング:介護の教科書にはほとんど登場しませんが、使ってみると効果を得られることがあります。これらはNLP(Neuro Linguistic Programming/神経言語プログラム/別名「脳と心の取扱説明書」)にて学ぶことができます。日常でも有効だと思います。

③その方の尊厳を大事にする

これは介護する者の姿勢です。

介護者は、相手様を自分の都合通りに動かしたい・・と思うことがあると思います。でも、その都合、相手様にただ単刀直入にお伝えするだけでは、相手様の気持ちをないがしろにしてしまいます。介護は上手くいきません。

例えばトイレへ誘導する場合でも、相手様の気持ち、今の状態をよくよく考えて、自然な形で(自分から進んで行ったと思えるように)、誘導することが大事です。これは私の介護職初期の頃の経験でもあり、反省すべき事柄でもあります。

〔例〕トイレ誘導時の声かけ:「トイレへ行きましょう」ではなく「もうすぐ晩御飯の時間ですから、トイレに行っておいた方がいいと思いますよ。ご飯食べている最中に行きたくなったら、嫌ですものね」⇒ とお誘いすると、”相手様は自分の判断でトイレへ行く”と思っていただけます。介護というもの、時には饒舌が必要なのかもしれませんね。

※「自分の都合」には「老人ホーム」の都合、例えば入浴の順番とか…も含まれます。

この詩では「笑顔」「笑う」ことを素材として活用し”尊厳を大事にする”ことを伝えようと思いました。

笑顔は「笑え」と命令して作られるものではありません。笑顔はその方の自然な心の発露です。つまり、笑顔が出れば、その方の自律は尊重されているということです。笑顔を大事にしていきたいものです。

また、声を出して笑うというのは、心がとても弛緩しているときです。リラックス状態が長ければ、心地よさが長く続くということです。

介護をしていて、相手様がリラックスしてくださる・・これは、介護者にとってもリラックスできるとてもいい状態です。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

今までの作品一覧

以下にございます。

介護の詩/老人ホームで暮らす高齢者の様子/「車止めで一息」/詩境

明日の自分が、そこにいるかもしれません。

お読みいただければ、幸いでございます。

 

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