護の詩|コミュニケーション|認知症高齢者様との会話|詩境

※この頁では老人ホームでの出来事を、そこで働いている介護士が口語自由詩にてお伝えしています。

【車止めで一息 94】

コミュニケーション

[認知症高齢者様との会話③]

(画僧はイメージです/出典:photoAC)

老人ホームで暮らす、お婆ちゃんお爺ちゃんのこと、

気になりませんか? 

少しだけでも気にしてみて下さい。

そこには、人生最期の自分の姿があるかもしれません。

<記憶障害のこと>

記憶障害は認知症に現れる最も顕著な症状です。

周囲の者や介護者が認知症の方とコミュニケーションをとる際には、その記憶障害に対して、謙虚な心持で相手様に寄り添うことが大事です。

認知症の方の発話に対して「そんなことも忘れてしまったの?」とか「違うよ」とか「さっき言ったばかりでしょう!」というような否定的な言葉を口にすることはご法度です。

そのような言い方は、自身の認識や価値観で物事を推し進めようとする傲慢さと何ら変わりありません。

健常者による普通の会話でも、相手様から無下に否定されてしまったら、気分のいいものではないことを思い出してほしいのです。相手様が認知症を患っているのであれば、なおさらです。

認知症の方とのコミュニケーションでは、

「否定しない」「叱ったりしない」「共感する」ことが介護者に求められる基本姿勢です。それらを意識して接するとコミュニケーションがとりやすくなりますので、機会があれば実践してみてください。

<謙虚さと寄り添う力>

認知症の方と上手なコミュニケーションに必要な受け手側のコツは、相手様の心に、謙虚に寄り添うことです。

その場合の謙虚さとは、

相手様の発話を、そのように思っているんですね、そのように感じているのですね、ときちんと受け止めて「そうなんですね」と共感を示してさしあげることです。

つまり、私はあなた様のおっしゃっていることを理解しました、私もそう思います、と共感を示してさしあげるのです。そのようにすると、相手様は安心して、心を開いてくださいます。

「そうじゃあない」とか「違います」とか「さっきも言ったでしょう!」のような言い方は相手様の心を閉ざしてしまい、コミュニケーションを難しくするだけです。

そして、寄り添うとは、

相手様の動く心と発話を、私という海岸に打ち寄せる波だと思って、そこに上手く乗っかって、まるでサーファーのように、相手様の心の波長と同じ振幅の中に身を投じることです。

すると、そこに新しい景色が見えてきます。そして、その景色を心のスクリーンに感じたとき、誰にも侵されない生の尊厳を垣間見ることができます。

コミュニケーション 】

[認知症高齢者様との会話③]

車止めで一息 94

コミュニケーション

[認知症高齢者様との会話③]

貴女様は自分を忘れていた。

五感は変わらず健在なのに・・。

洗面台の鏡に映っているのは貴女様。

紛れもない九十二歳の貴女様。

貴女様は鏡をじーっと見つめていた。

見つめ合う貴女様と貴女様。

そして貴女様は言った。

「この白髪頭の婆さんは、誰だ?」

貴女様はホホホと笑った。

鏡の中の誰かもホホホと笑った・・けれども、

洗面台の鏡に映っているのは他人様。

こんな婆さんが私であるはずがない。

貴女様は鏡をじーっと見つめ続けた。

見つめ合う貴女様と貴女様。

そして貴女様は言った。

「あたしはどこにおるん? 死んだんか?」

貴女様の五感は健在だ。

視覚は鏡に映っているもう一人の誰かに向かった。

洗面台の鏡に映っているもうひとりの誰か?

後ろに立ち貴女様のまばらな白髪を梳かしている

鏡の中のその誰かをじーっと見つめると、その誰かも貴女様を見つめた。

見つめ合う貴女様ともうひとりの誰か。

そして貴女様は言った。

「あんた、どこからわいてきたん?」

貴女様は過去を持たなかった。

貴女様は今を生きていた。

今しがたスタッフが来て朝の挨拶をしたことも、

ベッドの上でスタッフにおむつを交換してもらったことも。

貴女様はもう忘れていた。・・けれども、

目をパチパチさせて鏡の中のスタッフを見つめた貴女様は、

強い調子で言った。

「おめかしをして、どこへ行くん?」

その時、貴方様は自分と鏡とスタッフを認識していた。

失認は一時回復したのだろう。

「〇〇様、美味しい朝ご飯を、召し上がりに参りましょう」

一瞬固まり、

もう一度目をパチパチさせた貴女様は、

クリクリっと見開いた瞳を鏡の中のスタッフに向け、

毅然とした口調で静かに言った。

「美味しいかどうかは、食べてみないとわからん!」

食べてみないと分からん!

嗚呼、嬉しい!

それは未来だ!

過去を持たない貴女様だけれども未来は持っている!

認知症だから・・と、周囲は言うけれども、

貴女様は今と未来を行き来しながら生きているのだ!

残された能力に素直に寄り添い関わっていけば、

コミュニケーションの花は開くのだ!

しびれを切らした貴女様は、

叱るような口調でスタッフに言った。

「髪はもういい! はよせんかい!」

私は嬉しくて仕方がなかった。

「失認」/認知症の中核症状のひとつです。五感は正常に働いていても、物事を正しく認識できない状態を指します。

(画僧はイメージです/出典:photoAC)

【 詩 境 】

詩 境

私はベッドの上で主様の排泄介助をおこない、主様を車椅子に移乗して上衣の更衣介助をおこない、そして洗面台に誘導しました。そこで、主様は鏡を見て口にしたのです。「この、白髪あたまのバアさんは、だれだ?」

私は「〇〇様ですよ。ロマンスグレーがおきれいですね」と伝えました。

すると主様は「わしは、こんなバアさんになったのか? アハハハハ、そんなはずはない」と仰ったのです。私は、主様のその心の流れに乗って会話を続けました。

すると今度は、主様の白髪に櫛を入れている鏡の中の私に向かって「あんた、どこからわいてきたん?」と仰いました。私はもう10分以上前から主様と一緒にいました。でも、主様は、訪問時に顔を合わせて朝の挨拶を交わした事も、ベッドの上で話をしながら排泄介助を受けたことも、忘れてしまったようなのです。

このように、顕著な記憶障害を発症している認知症の方との介助において、介護者はどのように相手様の心の波長に合わせてコミュニケーションをとっていったらいいのか、それを詩作のテーマにしたいと思いました。

イメージとしては、認知症の方の心の動きは海岸に打ち寄せる「波」です。その時、海岸は介護である私です。打ち寄せる波は、大きかったり小さかったり、いろいろな形と大きさと強さがあります。そして、介護者は、その波に乗るサーファーです。

上手く波にのれるかどうか、そのためには介護者に謙虚さと寄り添う気持ちが大事だと思います。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

今までの作品一覧

以下にございます。

介護の詩/老人ホームで暮らす高齢者の様子/「車止めで一息」/詩境

 

 

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