日本の名月⑦/今来むと~有明の月を待ち出でつるかな/百人一首21番歌


百人一首には月を詠んだ和歌が11首あります。

そのひとつひとつを味わい、空に浮かぶ月に「何かの意味」を見出そうとした詠み人の、その心の有り様に触れてみたいと思います。

今日は、その7首目です。(写真は和歌から連想したイメージです。出典:photoAC)

今来むと

いひしばかりに 長月の

有明の月を 待ち出でつるかな

昨日ご紹介した「ほととぎす 鳴きつる方を 眺むれば ただ有明の 月ぞ残れる」と同じように、下の句に「有明の月」を詠んでいます。

「有明の月」は、夜が明けても、まだ空に残っている月のことで、「有明の月」は満月を過ぎていることもイメージの中に置いておいてください。

その「有明の月」を修飾しているのは「長月の」・・・。

「長月」といえば、学校の教科書に出てくる”旧暦1月~12月の呼び方” の9月に当たります。

【旧暦1月~12月の呼び方】

睦月/むつき(1月)、如月/きさらぎ(2月)、弥生/やよい(3月)、

卯月/うつき(4月)、皐月/さつき(5月)、水無月/みなづき(6月)、

文月/ふみつき(7月)、葉月/はづき(8月)、長月/ながつき(9月)、

神無月/かんなづき(10月)、霜月/しもつき(11月)、師走/しわす(12月)。

今日は、いきなり【意訳】から入ってみましょう。

【意訳】Free  translation

今来るって、あなたは言ったじゃあない!

あなたが、今来るって言ったばかりに・・・

わたしは、わたしは、ずっと、ずっと、待ち続けていたのよ!

今、何月だと思っているの!

9月よ! 9月はね、長月っていって、夜が長いのよ。

毎日毎日、あなたが来るのを待ちくたびれて、さらに、こんなに長い夜を、

わたしは、ひとりで過ごさないといけないのよ!

・・・・・

朝になっても、まだお月様は、空の上にいるわ。

でもね、もう満月じゃあない・・・有明の月だからね。

あなたを一生懸命に待ち続けていた頃のように、

煌々と輝く満月は、もう昔のこと・・・もう限界。

わたしの心も、欠けてしまったわ。

「待ち続けて長月、待ち続けて有明の月」・・・あなたに分かる? この意味が。

さあ、早く朝が来て、

中途半端なお月様を見たら、

わたしは、あなたを忘れるわ。

【解説】

【意訳】は、めちゃくちゃ楽しんでみました。

この解釈を学校の試験で書いたら不正解になるでしょう。学校の試験は、意訳のような詩歌を楽しむ心を許してはくれません。

でも、わたしは、例えばこのような意訳をイメージしてみること、これこそが詩歌を味わう楽しみ方なのだと、私は常々思っています。

数多くの解説書には、以下のように書かれています。

「これは、恋の歌です」

「日本の中世では、夜に男が女性の家通い、愛を確かめ合うという「通婚」という慣習がありました。このことを念頭において読んでみましょう」

「今すぐに行くって、貴方は言ったのよ。そう私に言ったばかりに、私は貴方の言葉を信じて待っていたの。でも、貴方は来なかった。空には、もう有明の月が見える頃だわ」

などのように説明や解釈がなされています。

それは間違いではありません。

でも、たとえば、

「今来むと」を、

就職時の内定通知であるとか、

彼女/彼からの大事なメールの返信であるとか、

「来月帰るよ」と連絡のあった遠く離れて暮らす息子や娘とか、

コロナの陰性か陽性かの連絡待ちであるとか、

・・・いろいろな事情を当てはめてみると、

「今来むと」の対象は異なるけれども、

「待ちわびているうちに朝になってしまった、あ~あ・・・」という感情を、

共感しあえるのではないかと思います。

そのような楽しみ方を、この和歌は有しています。

*

☆【百人一首に関する記事の目次は、以下にございます】

ご一読、お願いいたします。

百人一首/意訳で楽しむ/恋、人生・世の中、季節・花、名月など

読んでくださり、ありがとうございます。