
百人一首。難解な和歌でも英訳と現代語訳、そして意訳も併せて読めば、グンと理解が深まり、鑑賞が面白く楽しくなります。そこに発見があるのです。
和歌の心も英語も
同時に学べます

(画像はイメージです/出典:photoAC)
今回のテキスト/恋歌
第80番歌
待賢門院堀河(生没年不明/12世紀前半頃)

ながからむ 心も知らず 黒髪の みだれてけさは ものをこそ思へ

〔以下引用〕
I can not see your mind well although you said you would love me forever,
so this morning I’m lost in thought with my heart confused like my disheveled black hair.
〔引用終わり〕
〔引用元〕”小倉百人一首英訳” より
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http://www3.to/kyomi/database/h1/
〔※難解だと思われている古文なのに、こんなにも簡単な英語で表現できるんですね。次の和訳を読むと、ますます分かりやすくなります〕
〔参考/日本語訳〕引用元:Google 翻訳)
ずっと愛してるって言ってくれたのに、あなたの心がよく見えなくて、今朝も乱れた黒髪のように混乱した心で物思いに耽っています。
※筆者によるオリジナル解説です。英語の意味については、Google翻訳などから引用しました

予備知識として、平安時代の貴族の男女の付き合い方を知っておく必要があります。
平安時代、男は女の家へ夜に行き、一晩過ごして朝帰りしていました。そしてすぐに、一緒に過ごした時の気持ちを五七五七七の歌にして、相手へ届けていたのです。
つまり、この歌の「けさ」は「今朝」であり、一晩デートして明けた朝のことなのです。黒髪は乱れるはずですね。
でもこの歌では、その乱れをカモフラージュするかのように、恋の苦しさに心が乱れているかのように表現しています。実際、そういう思いも同時にあると思うのですが。ここが、この歌の上手なことろ、憎いところです。
なので、原文の「けさ」も、英訳の “so this morning” も、とても意味がある、この歌の重要な言葉なのです。
*
「ながからむ 心も知らず」
⇒ 「ながから」は「長し」の未然形。「む」は婉曲を表す助動詞。
直訳すれば「長い間かどうかは・・分からない」
これを「ずっと長い間、私を愛してくれるのかどうか、私はわかりません」という意味に捉えることができるのは、下の句の「黒髪が今朝乱れていて」という表現、「けさ(今朝)」と詠んでいるから…..一晩の逢瀬の後だとわかる…..からです。
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【 although ~】
~だけれども、~であるが
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【 disheveled black hair 】
乱れた黒髪、(ぼさぼさの黒髪、だらしのない黒髪という意味もありますが、ここでは「乱れた」が一番合いますね。
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【 lost in thought 】
もの思いにふける、考え込んでいる。
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そしてさらに・・・、
詩歌の解釈には、直訳をきちんと理解しつつも曖昧さを大事にして、いろいろな状況を想像しながら楽しむ解釈の方法があります。
それは、次に記します【意訳(free translation】です。
以下に【直訳】と【意訳】を並べます。【意訳】の楽しさにも触れて下さいませ。
(画像はイメージです/出典:photoAC)

【参考】
※ 直訳:書籍やネットなどで多々公開されている一般的な解釈です。これは、そのうちのひとつです。

[以下引用]
” 末長く変わらないという、あの人の心もはかりがたく、今朝の黒髪が寝乱れているように、心が乱れてあれこれと物思いがつのることだ ”
(引用元:ちくま文庫/百人一首/2010年8月20日第15刷)
※ 意訳〔free translation〕は詩歌を味わう一番の楽しみだと、私は思っています。

逢瀬の間も、今朝の別れ際にも、あなたは「ずっと愛しているよ」と言ってくださいました。
でも、先のことは分からないじゃあないですか?
本当にずっと、わたしのことを愛してくださるのですか? 信じられません。
・・・嗚呼、そう思うと、あなたと別れた今朝、わたしの心は不安でいっぱいです。わたしは、この黒髪が乱れているように心も乱れてしまい、物思いに沈んでいってしまうのです。恋というものは苦しいものなのですね。
(意訳:かとうあきら/筆者)
【私見】

この歌は、黒髪が乱れることを、決して否定はしていません。
なぜ否定していないのかというと、それは「なぜ黒髪が乱れるのか?」というワケにあります。
つまり、何故黒髪が乱れたのかといえば、恋に悩んで髪の毛を搔きむしったからではなく、好きな人と一晩床を共にしたからです。それは嬉しいことです。
そして、”嬉しいことなのに、その恋が本当かどうか不安なために心は乱れてしまいます。その不安を、乱れた黒髪のように” と詠い、乱れた黒髪に苦しい恋の気持ちの浮き沈みを感じさせている、とても艶めかしい歌なのです。
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後世になり、与謝野晶子がその詩集「乱れ髪」で詠んだ歌は、この歌の影響を受けているとも言われています。英語ならエロティック( erotic )、日本語なら「官能的」と形容するのが相応しい歌だと思います。
与謝野晶子が詠んだ「官能的な歌」は以下のとおりです。
「くろ髪の 千すじの髪の みだれ髪 かつおもひみだれ おもひみだるる」
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百人一首には「思ふ」や「思ひ」という言葉を詠んでいる歌が20首あります。5首のうち1首なのだから、多いですね。
どんな歌なのかな? 共通する特徴はあるのかな? と思って読んでいたら、あることを発見しました。それらの歌の英訳を探ってみると、I think ~(名詞は thought)だと思っていたら、必ずしも I think ~(名詞は thought )ではないんですね。
実は、そこが詩歌の面白さなんです。
実は、「思う」「思ひ」というひとつの言葉をとりあげても、いろいろな解釈ができるんです。
だから、それを英訳すると I think ~ (又は thought )以外の表現も多々出てくるわけです。
この度は、百人一首の中から「思ふ」という動詞(又は「思ひ」名詞)を詠んでいる歌の英訳を紹介しながら、その歌の心に触れていきたいと思います。
なので、この頁からは、短歌の心も、英語も、同時に学ぶことができます。
なお、以下の①②の項目につきましては、以下の記事を参照してくださいませ。
・百人一首/英訳/逢ひ見ての後の心にくらぶれば/短歌も英語も学ぶ①
①〔概論〕詩歌を英訳して鑑賞する理由
② 百人一首を英訳で鑑賞する【理由】【記事の構成】

以下では、百人一首に詠まれている共通の語句を中心に分類して、解説しております。ご一読いただければ幸いです。
ご一読くださり、ありがとうございます。