介護の詩/現金なお爺ちゃん/老人ホームでの息遣いと命の灯53/詩境


【車止めで一息】

現金なお爺ちゃん

老人ホームで暮らしている、お爺ちゃん、お婆ちゃんのこと、気になりませんか? 

入浴介助を拒否するお爺ちゃん。スタッフが女性に代わったら、とたんにニコニコして「やっぱりはいる」と言ってくださいました。そういうこともあるものです。

私は、介護士として、老人ホームで働いています。

そして、年老いた人がこの世を去っていく、その様子の中に、様々な人生模様を見る機会を頂いております。

介護/老人ホーム

私が介護士として働いている施設は「住宅型介護付有料老人ホーム」です。

自立の方、要支援1~2の方、要介護1~5の方、各々が住まわれており、ターミナルケア(終末期の医療及び介護)も行っている施設です。

私は、そこで見て感じた様々な人生模様を、より多くの人たちに伝えたいと思いました。

なぜなら、「老人ホームではこんなことが起きているんだ」と知ることによって、介護に対する理解が深まり、さらに人生という時間軸への深慮遠謀を深める手助けになるだろうと思ったからです。

それは、おせっかいなことかもしれません。でも、”老後の生き方を考えるヒント” になるかもしれないのです。

伝える方法は、詩という文芸手段を使いました。

詩の形式は、口語自由詩。タイトルは「車止めで一息」です。これは将来的に詩集に編纂する時のタイトルを想定しています。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

高齢者の、老人ホームでの息遣いと命の灯を、ご一読いただければ、幸いでございます。

【車止めで一息】

〔口語自由詩〕

車止めで一息53

現金なお爺ちゃん

貴方様は座っていた。

エレベーター前に置かれた一人用ソファーに腰かけ、

太腿の間に立てた杖に両手を重ねて、

曲がった背骨は正しく老齢の印を描いている。

顔は扉に向けて目は見開き・・・でも、

意識はどこにあるのか、よくわからない。

僅かに上下する胸の肺呼吸・・・生きている。

貴方様は座っていた。

エレベーターの扉が開いても気が付かない。

貴方様の目線は前を向いているけれども、

中空を見つめているようにも見える。

そのまま固まったら銅像のようになっていたかもしれない。

プレートに掘られた墓碑銘・・・そして、

〇◇▽〇△ 令和〇〇年没。

そんな死に方も素敵かもしれない。

貴方様は座っていた。

私は貴方様の前に腰を落として膝を突き、

入浴の時間であることを告げた。

我に帰るようにして首を少し持ち上げて私の顔を見る貴方様。

「おふろ? いいよ、はいらない」

「ふぅ・・・(まただ・・)清潔にしておかないと病気になりますよ」

「病気? 大丈夫だよ。いつ死んだってかまわないんだから」

「そんなこと言わないで下さいよ。この間も入らなかったんですよ」

「ふ~ん、そうかい? 前のことは忘れたよ」

「お身体汚れて、臭いですよ」

「臭くたって、死にゃあしないよ」

押し問答はいつものことだ。

・・・・・

通りかかった女性スタッフが気遣ってくれた。

「〇〇さん、私と一緒に入りましょうか?」

「あんたと?」

眠っていた生きる意欲が貴方様の中でポンと音を立てた。

ニコニコっと微笑む貴方様。

「やっぱり、はいろうかな・・」

現金な〇〇様。

「はいったら気持ちいいもんな。やっぱりはいろう」

まだまだ元気な九十四才。

貴方様は杖に体重を乗せて、

ゆっくりと膨らむように立ち上がった。

・・・・・

「で、どこ行くの?」

「お風呂ですよ、お風呂!」

貴方様は小さくなった目を大きく見開いて声を上げた。

「お風呂かぁ!」

画像はイメージです/出典:photoAC)

あきら

椅子にじっと、まるで仏像のように座っているお爺ちゃん。案の定、入浴を拒否されました。

介助拒否は多々な場面であり、その理由も様々です。本人様に因がある場合もあれば、誘導するスタッフの拙さに因がある場合も、そしてその両方の場合もあります。

どのご利用者様に、どのスタッフを付けるのかは、ホームのサービス責任者が前日までに決めて一覧にしておくのですが、スタッフの頭数が不足するときには望む配置にできない場合が多々あります。

作品は、入浴介助のスタッフが私から女性スタッフに代わったら、とたんにニコニコして「お風呂、はいるよ」と言ってくれたお爺ちゃんの事例です。

お爺ちゃんが、まるで死んだように、ぴくりともせず座っている様子。

お爺ちゃんの入浴誘導への反応。

お爺ちゃんのスタッフとのコミュニケーションの取り方。

そして、お爺ちゃんの気持ちが変化した後の、お爺ちゃんの言動の変化。

それぞれの瞬間に、そのお爺ちゃんの「人生の今」がありました。

その感慨を伝えたいと思いました。

〔入浴介助の心得〕

私は、個浴でも(一般家庭と同じ作りだけれども、手すりが要所に有る)、機械浴でも(介護用専用の入浴設備)、同じように次の三つの事柄を大事にしています。

1.安全安心の確保

 ・ルールとして入浴前のバイタル測定が有り、定めた基準値から外れていると入浴は中止します(体温、血圧、脈拍、血中酸素濃度)。

・更衣中、入浴中の転倒防止、接触などによる保護、ヒートショック対策の励行等。

2.清潔を保つ

 ・当たり前のことなのですが、意識をしていないと流れ作業になってしまう場合があります。また、ご利用者様によりますが、陰部の清潔維持には気を使います。

3.心地よさをご提供する

 ・ご利用者様に「ああ~気持ちよかったぁ!」と思っていただくことが大切だと思います。それをどのようにして補っていくのか、毎回試行錯誤しています。

介助する側の優先順位は1→2→3です。

でも、介助される側が真っ先に求めるものは、3.心地よさなんですね。

それは当たり前のことだと思います。

そして、1.安全安心も、2.清潔を保つことも、実は当たり前のことです。

ただ、当たり前のことなのだけれども、介護職という職責と使命の中では、スタッフの努力の中での成果でもあることは、ご理解をいただきたく思います。

介助する方の優先順位と介助される側が求めるものとが、大きく乖離してしまうと、ご利用者様にとって、お風呂が不快なものになってしまいます。

【参考】

介護の詩/車止めで一息/老人ホームでの息遣いと命の灯

読んでくださり、ありがとうございます。