※この頁では老人ホームでの出来事を、そこで働いている介護士が口語自由詩にてお伝えしています。
【車止めで一息82】
介護の三原則+α

(イラストはイメージです/出典:photoAC)

老人ホームで暮らす、お爺ちゃんお婆ちゃんのこと、
気になりませんか?
少しだけでもいいので気にしてみて下さい。
それは、人生最期の自分の姿…なのかもしれません。

老人ホームで介護職として働く私にとって、最も楽しい時でもあり、同時に最も頭を悩ますことがあります。それはご利用者様とのコミュニケーションです。
なぜなら、
「早くあの世へ連れていってくれないかしら…」
「こんなふうになって生きていたってしょうがない…」
という発言に、私は適切に返す言葉を未だに見つけることができずにいるからです。
ご入居者様の中には、そのような類の発言をしているうちに老人性鬱になり、介助に際しては「もう来なくていい」とか「ご飯?いらない」とか、介護拒否に繋がる場合もあります。
そんな私自身の悩みを解決していこうと、この度は介護の原則を振りかえってみることにしました。困った時は基本や初心に戻る…これも原則ですね。
【 介護の三原則+α 】
車止めで一息 82
介護の三原則+α
生活の習慣は沁みついていますものね。
違った環境では落ち着かないと思いますので、
今の生活習慣をできるだけ続けていきましょう。
介護はあなた様の生活習慣を邪魔しないようにいたします。
自分のことですものね。
人様に決めてもらうのではなく、
自分のことは自分で決めていいんですよ。
介護はあなた様が生活しやすいようにサポートいたします。
できないことを嘆いていませんか。
できることに目を向けて、
できることを楽しんでいきましょう。
介護はあなた様ができないことを介助いたします。
頼ってください。
任せてください。
あなた様のための介護です。
寄り添わせてください。
心の持ち方で人生は変わります。
「いつかは死ぬ」ということは、
「生きているうちが花」ということ。
もう一度言います。
できないことを嘆くよりも、
できることに目を向けて、
できることを楽しんでまいりましょう。
あなた様は、
今日もきれいに咲いている、
一輪の花なのです。
*
<ことばの解説>
「介護の三原則」
1.生活の継続性を保つ。
・その方の今の生活をできるだけ継続させ自分らしく生きられるように配慮する。
・介護保険法では、ご利用者様のそれまでの生活習慣をできるだけ維持できるように配慮した介護計画を立案し、ご利用者様及びご家族様(又は後見人)との合意のうえ介護を始めるように定められています。
2.自己決定を尊重する。
・その方が選択する生き方や生活について、その方の意志を尊重する。
・1.と同じ。介護の実施は、ご利用者様及びご家族様(又は後見人)との合意形成が必要であるというところに自己決定は配慮されています。
3.残存能力を活用する。
・その方の今ある能力が衰えないように、自分でできることは自分でしていただき、周囲の者が手伝ったりはしない。
・いつかは衰えて自力ではできなくなるのですから、その境目を見極めることはとても重要です。現場では、介護士、看護師、理学療法士、作業療法士、ケアマネージャー、医師などの多職種がチームになって、例えば”食事介助に入るのか否か”etc…判断がされています。
※「介護の三原則」は、1982年デンマークの福祉省の”高齢者問題委員会”にて提唱され、世界に広まりました。日本の介護行政の中にも生かされています。詳しくは以下の”詩境”にて解説いたしました。

(イラストはイメージです/出典:photoAC)
【 詩 境 】
詩 境
「こんなんで(このように介助が必要な状態で)生きていたってしょうがないじゃあない!早く死にたいわよ! あ~あ、早くあの世へ連れていってくれないかしら・・」
・・というような、生きることを否定する類のことを介助される度に仰る方が、いつのときでも1~2人位いらっしゃいます。(私が働いている老人ホームの全ご入居者は凡そ60人)
【コミュニケーションのコツ】
私は頭の中でコミュニケーションのノウハウを開きます。
そこにあるのは「共感」です。
円滑なコミュニケーションに「共感」は大事なテクニックのひとつなのです。
なぜなら「共感」は承認欲求を満たしてくれるからです。人には、自分の云う事に賛成/共感してくれる人を好きになるという性質があります。
なので、一旦は共感をして相手様の承認欲求を満たしておき…すると心が開いてきます…、そこから相手様の堅固な思いが緩くなるようにコミュニケーションを繋げていきます。
具体的には、
共感した後の次の接続詞には「でも」という否定語を使わずに会話に入ります。もしも「でも」から入ると、「でも」は相手様を否定することですから、相手様は不快を感じて、心を閉ざしてしまうのです。
なので、共感した後の次の接続詞には「ただ…」を使います。
やんわりと、
「ただ…見方をかえれば〇〇〇っていうこともあるんじゃあないですかね」という言い方をして、相手様の思いを否定せずに考え方の選択肢を提供してみます。

・・というコミュニケーションのテクニックがあるのですが、
「生きていたってしょうがない」と言っている相手様に「そうですよねぇ、生きていたってしょうがないですよねぇ」なんて口が裂けても言えません。このような場合の共感の仕方は、発信された言葉よりも心の底にある感情(この場合は厭世観)に一旦共感してみることが必要で、それはとても難しいことなのです。
そのような難題に対して、私は介護の基本を振りかえることで何かいい案が生まれるのではないかと思い、介護の三原則を復習してみました。

ただ、現場で働く者にとって、介護の三原則だけでは、何かもうひとつしっくりきません。何かが不足しているように思います。
なので+αとして追記をおこないました。
【+α】
この+αには、二つの意味を持たせたいと思います。
<ひとつは介護者の心の姿勢です>
介護者は、相手者の身体機能の程度はもちろんのこと、相手様ご自身の生き方や人生に対する思いに対して、心から寄り添っていくという姿勢が必要です。
なので私は、既存の介護の三原則に「寄り添う心」という+αを、加えたいと思います。
<もうひとつは高齢者の心の持ち様です>
介護する方の原則だけでなく、介護される側にも”老後の心構えを準備しておく”という原則は必要ではないかと思います。
年老いて、いざ人生の終わりが見えてきた時になって「もうおしまいだ」とか「早くあの世へ行きたい」とか「楽に死ねる薬をください」とかを訴えて、周囲を困らせたり、鬱になったり、介護を拒否したり、そういうことのない人生観を持つ心であってほしいのです。
そのためには人生という時間軸をどのように過ごしていったらいいのか…という心の準備が、前期高齢者になった辺りから必要ではないかと思います。
なので私は、既存の介護の三原則に、介護される側には「老後の心構えを準備しておくことが必要である」という+αを、加えたいと思います。
実は、身近なところに心の準備を助けてくれるものがあります。
以下は人生に勇気を与えてくれる、私の好きな詩のひとつです。
:なんのために生まれて、
:なにをして生きるのか。
:こたえられないなんて、
:そんなのはいやだ。
:今を生きることで、熱い心燃える。
:だから君はいくんだ、ほほえんで。
:そうだ忘れないで、生きる喜び。
:たとえ胸の傷が、いたんでも。
思い出された方もいらっしゃると思います。これは”アンパンマンのマーチ”、作詞はアンパンマンの作者である”やなせたかし氏”です。
大事なところは「そうだ忘れないで生きる喜び。たとえ胸の傷がいたんでも」でしょうか。私は時々口ずさんだりして、この詩に勇気づけられています。
やなせたかし氏は漫画家であると同時に、素晴らしい詩人です。
*
【解説】
「介護の三原則」は介護保険法に、
どのように活かされているのか?

「介護の三原則」が日本の介護行政にどのように反映されているのか?という視点で、介護保険法を読んでみたいと思います。
(引用部分の太字/下線マーキングは筆者)
〔介護保険法 第一条〕より抜粋
(前略)要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について、これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行う~(後略)
⇒「尊厳を保持し」は、「今の生活スタイルを変えないこと」「その人らしく生きることを継続できるようにすること」を意味しています。
ただ、施設へ入居する場合は、思う通りにはいかないこともあります。その場合、施設とご利用者様とで共有される「介護計画書」にできるだけ反映できるように工夫をします。また、自宅で使っていた家具などを持ち込むとか、起床や食事の時間をそれまでの生活にできるだけ合わせるとか…の工夫が行われます。
〔介護保険法 第二条 第二項〕より抜粋
(前略)保険給付は、被保険者の心身の状況、その置かれている環境等に応じて、被保険者の選択に基づき、適切な保健医療サービス及び福祉サービスが、多様な事業者又は施設から、総合的かつ効率的に提供されるよう配慮して行われなければならない。(後略)
⇒「被保険者の選択に基づき」は「自己決定」を意味しています。
ただ、施設の場合には自己決定の自由さを感じられない場合があります。例えば、入浴。入浴にはリラックスするという目的もあるので、好きな時に好きなように入りたいものです。でも施設では”好きなように”とはなりません。ただ、入浴も「介護計画書」に記されるものなので、入浴の回数や時間帯についてはご利用者様との合意で決められます。施設と本人様との合意ですから、そこには自己決定への配慮があります。
〔介護保険法 第二条 第四項〕より抜粋
(前略)保険給付の内容及び水準は、被保険者が要介護状態となった場合においても、可能な限り、その居宅において、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるように配慮されなければならない。
⇒「有する能力に応じた」は「有している能力を活かして」その能力に応じた自立した日常生活を営むように配慮することです。それは、部分でもかまいません。
介助には「自立支援」という介助方法があります。例えば、お部屋のベッドのリネンを交換する場合、ご利用者様がシーツの交換はできなくても枕カバーの交換ができるのであれば、枕カバーの交換はご利用者様にしていただきます。これは部分的ですが、少しでも自立した日常生活を営めるようにという配慮によります。

(イラストはイメージです/出典:photoAC)
【今までの作品一覧】
以下にございます。
”介護の詩/老人ホームで暮らす高齢者の様子/「車止めで一息」/詩境”
明日の自分が、そこにいるかもしれません。
お読みいただければ幸いでございます。