介護の詩|明るい認知症|老人ホームで暮らす高齢者の様子|詩境


※この頁では老人ホームでの出来事を、そこで働いている介護士が口語自由詩にてお伝えしています。

【車止めで一息85】

明るい認知症

(イラストはイメージです/出典:photoAC)

老人ホームで暮らす、お婆ちゃんお爺ちゃんのこと、

気になりませんか? 

少しだけでもいいので気にしてみて下さい。

それは、人生最期の自分の姿…なのかもしれません。

認知症に関する解説書を紐解くと、原因と特徴的な症状によって分類された”タイプ別の認知症”を知ることができます。

<参考>「認知症の種類や診断、予防法、ケアの方法について」健康長寿ネット。

ただ、それらに人それぞれの異なった性質や性格という個人的な要素が加わり、さらに環境も影響を及ぼします。なので、出現する症状についていえば、共通するものもありますが、実に様々な症状が出現します。十人十色といってよいと思います。

この頁では「明るい認知症」と題して、介助時のコミュニケーションツールとして歌を唄って気持ちを表現される、まるでミュージカル劇場を自ら体現しているような(踊ることはできませんが)、陽気で明るい認知症高齢者様をとりあげました。

※性質と性格

「性質」は持ってうまれた気質のことです。「性格」は感情、思考、行動のパターンや価値観などが環境や社会的要因によって形成され、変化することもあり得る、その人の特性のをいいます。/「性格」には「あの人、性格が変わったね」という言い方がありますが「性質」にはありません。

明るい認知症 】

車止めで一息 85

明るい認知症

〔1〕私自身のこと。

私の父は寡黙な暗い認知症でした。

自身の異変を感じていたのかいなかったのか分かりません。

心身が感じていることを家族に伝えることはありませんでした。

黙って絵を描き続け、

何も喋らないまま症状は悪化していき、

そしてとうとう他界するまで、

ずっとずっと暗い認知症でした。

私は認知症をそういうものだと思っていました。

介護職に就いてから私はいろいろ知りました。

認知症にはタイプがあるのです。

アルツハイマー型、脳血管性、レビー小体型、前頭側頭型、他・・

そこに自身の性質や性格と環境などが影響を及ぼすのですから、

実に様々な認知症が出現することになります。

十人十色、千差万別、症状は似て非なるものなのです。

〔2〕老人ホーム/昼食誘導時

あなた様はチェストの前で夢中になっていました。

ひっぱり出した衣服を歩行器へ熱心に掛けていたのです。

ポケットは詰め込まれた靴下でパンパンに膨らんでいました。

開けっ放しの引き出しは底板が見えて半ば空っぽです。

あなた様の心は何を欲し、

あなた様の心の目は何を見ていたのでしょうか。

私は寄り添いました。

大変そうですね。

そんなに沢山のお洋服を持って、

どこへ行くおつもりなんですか?

「なにかしないといけないとおもって、これをしているんです」

嗚呼、なんという屈託のない明るい笑顔なのでしょう。

私は復唱から入りました。

何かしないといけないと思ったのですね。

ただ、何をするにも、まずは腹ごしらえが大切ですよ。

もうすぐお昼ご飯です、食堂へご案内いたしましょう。

「あら、よかった。おなかペコペコだったのよ」

嗚呼、なんという真っすぐで正直な明るい笑顔なのでしょう。

トイレ介助の間に、

あなた様は、ポケットの中の靴下も、

歩行器に積み上げた衣服のことも忘れてしまいました。

ポケットに詰め込まれた靴下、歩行器に山積みされた衣服。

靴下六足、ズボン五着、上着七着、肌着七着。

あなた様にとって大事なものだったのでしょう。

私は全部畳んでチェストに戻し、無かったことにしました。

あなた様はとても陽気。

あなた様はとても明るい。

何か介助してもらうと、

歌を唄って気持ちを返して下さいました。

それはまるで踊らないミュージカル劇場。

たとえば、こんなふうでした。

あなた様は、

トイレで排泄介助をしてもらうと、

こんな歌を唄って、心の声を聴かせて下さいました。

♪あーりがとーをって、つぶやいたぁ♪

〔涙そうそう/森山良子/1998年リリース〕

涙そうそう/夏川りみ

あなた様は、

洗面で髪を梳かしてもらうときには、

こんな歌を唄って、髪の乱れに感情を込めて下さいました。

♪髪の乱れに~手をやればぁ・・♪

みだれ髪/美空ひばり/1987年リリース〕

あなた様は、

部屋を出て歩行器でエレベーターに向かう廊下でも、

こんな歌を唄って、リラックスされているご様子でした。

♪発車ぁ~オーライ♪明るく~明るく~走るのよ~♪

東京バスガール/コロンビアローズ/1957年リリース〕

私は言いました、廊下を同行しているときのことです。

〇〇様、両手が伸びて身体が歩行器と離れすぎですよ。

まるでバイクに乗っているみたいです。

背中が曲がってしまいますよ。

すると、こんな歌を唄って気持ちを返してくださいました。

♪分かっちゃあいるけど、やめられない♪あっほれ・・♪

〔スーダラ節/ハナ肇とクレージーキャッツ/1961年リリース〕

スーダラ節/植木等

あなた様は明るい認知症。

それは誰にも真似できないあなた様だけの認知症。

人は一人ひとり、それぞれに尊い人生。

認知症になればその症状も尊い。

私は一緒に歌い、

明るい時間を共有させて頂きました。

ありがとうございます、明るい認知症。

ありがとうございます、〇〇様。

(イラストはイメージです/出典:photoAC)

〔認知症のタイプ〕

例えば、アルツハイマー型には「もの盗られ妄想」という症状があり、レビー小体型には「幻視」という症状があるとか・・各々のタイプに特徴はあります。

<参考>「認知症の種類や診断、予防法、ケアの方法について」健康長寿ネット。

上記にも書きましたが、各々のタイプにその人の性質や性格などの個人的要素に加えて、置かれた環境や社会的要因も影響を及ぼしますから、出現する症状は多岐に渡ります。なので、症状への理解を深めるためには、「タイプ別特徴の理解」だけでなく、「個人的な特性の理解」も同時に必要となります。

現場では後者を重要視しています。後者の「本人様への理解」を重要視するということは、本人様の尊厳の保持に繋がっていくということを意味しています。

〔各々の懐メロ〕

私は、あなた様が口ずさむ歌を、一人カラオケに行って歌ってみました。自ら歌うことによって、その歌にある感情というものを少し感じ取れたような気がしています。そうやって、あなた様が何を感じ、何を思い、何を考えているのか…への理解を深めていきました。

(イラストはイメージです/出典:photoAC)

【 詩 境 】

詩 境

ここに登場するあなた様のフェイスシート(介護サービスを利用する人の基本情報を記したもの)には、「趣味|カラオケ」、「性格|社交的」…と書かれていました。

・それを見て私は思いました。以下は、あくまで私の推測であり仮定です。

あなた様は、ここ(老人ホーム)で上手に生活していくためには介護スタッフとのコミュニケーションを円滑にしていくことが必要だと、社交的であるが故、ことさら強く思ったのではないでしょうか。

もしもそうだとしたら、そのような姿勢が趣味のカラオケと共に、認知症によって強調されたと推測できます。その結果、歌をコミュニケーションツールにするようになったのです。

・チェストの中の衣服を引っ張り出すことは、あなた様に限ったことではありません。チェストの中の衣服を全部出して椅子やベッドの上に山積みにしてしまうことは、認知症の行動には見られることです。

・つまり、チェストの中の衣類を用も無いのにむやみに出してしまう(”用も無いのに”は健常者から見ての理解)は認知症に共通の行為行動です。一方で、歌を日常のコミュニケーションツールに使うというのは、ここに登場するあなた様特有の行為行動です。

なので、認知症に出現する症状について、「皆に共通する症状と固有の症状」という視点を「介助の留意点を探る」という視座にて、私が介護現場で得られる情報を元に考察をしてみたいと思います。

【考察】

〔共通する症状と固有の症状〕

介助の留意点を探るという視座にて

1. 認知症の症状は人の数だけある。

・仮に任意の10人の認知症患者様について、医学的な理解によるタイプでは3つに分類されたとしましょう。では、実際に出現している症状を元に3つに分類できるのか?というと、必ずしも3つには分類できません。医学的なタイプは同じであっても、症状は共通な部分もあれば、共通でない部分も多々あるからです。10人の認知症患者様には10通りの症状が存在すると思っていた方がよいと思います。

認知症の方の介助において、たとえば「アルツハイマー型対応介助」とか「脳血管型対応介助」というのは無いことからも明らかです。

2.タイプを知ることの意味。

・”10人の認知症患者様には10通りの症状が存在する” からといって、タイプ別の理解は必要がないということではありません。認知症のタイプ別症状を知ることには、介助をしやすくするという意味があります。

具体的には、出現している(健常者からみた)頓珍漢な行為行動について「これは症状である」と明確に判断ができることだと思います。「これは症状である」と明確に判断ができるということは、(健常者からみた)頓珍漢な行為行動に対して、介助者はより冷静な対応がとれるということです。

ex:たとえば、アルツハイマー型認知症の特徴的な症状に ”物盗られ妄想” があります。介助者がその特徴を知っていれば、本人様から「あの人が私のズボンを盗った」という訴えがあったとき、介助者は ”物盗られ妄想” も視野に入れて冷静に対応することができます。

ex:たとえば、レビー小体型認知症の特徴的な症状に ”幻視” があります。介助者がその特徴を知っていれば、本人様より「私の脚に虫が這っているんです!」という訴えがあったとき、介助者は虫が這っていないことを目で確認してから ”幻視” を想定して冷静に対応することができます。

ex:たとえば、短期記憶の喪失はどのタイプの認知症にも共通している症状です。本人様が食事をした後に「ご飯はまだですか?」と言ってくるとき、介護事象所の介護スタッフは「さっき食べたばかりですよ」とは言いますが、「何言っているんですか、〇〇さん!」という対応はとりません。介護事業所の介護スタッフは「ご飯はまだですか?」という発言を認知症の症状と理解しているからです。

3.もっと知りたい個人的要素

・上記により、タイプに当てはまらない症状については、個人的要素の強いその人の個性に根差したものであるという理解ができます。ということは、上手な介護をおこなうためには、介助者がその方の個人的な事情をよく知っている必要があるということです。

つまり、認知症を患っていらっしゃる方のフェイスシートの充実は、介護事業所の介助者にとってとても有意義な情報なのです。

・この詩作品の場合は、フェイスシートに書かれていた「趣味|カラオケ」「性格|社交的」という情報が、あなた様を知る時にとても役にたちました。あなた様が歌をコミュニケーションツールにされたのは、趣味と性格が認知症によって強調されたのだという推測に繋がったからです。

・もちろん現場での確信もありました。ある時、洗面所で髪を梳かしているとき、「みだれ髪/美空ひばり」の1番を最後まで歌われたのです。その時の特に高音の声の美しさといったら、私は聞き惚れてしまいました。そして、思いました。嗚呼、この方は、歌を唄うという世界の中に自分を見出していらっしゃるのだ。私は、その世界にお邪魔させていただこう…と。

・認知症が進むとそれまでの性質や性格はどのように変化するのか、それとも変化しないのか…という疑問に関しては、私の現場での経験から、例えば以下の印象を得ています。

:こだわりが強かった方は、ますます「頑固」「わからず屋」になっていかれます。

:穏やかな性格であった方は、ますます穏やかに、おとなしく静かになっていきます。

あくまで、私が同じ介護現場で4年半体験させて頂いた範囲内での印象です。

4.家族による介護が疲弊する理由

フェイスシートの発信者は基本的にご家族様ですから、認知症を患ってしまった本人様のことを、介護事業所の介護スタッフよりも詳しいはずです。でも、介護に苦労してしまいます。それは何故でしょうか。家族には介護技術が不足しているから・・だけではありません。

なぜなら、

①ひとつは介護者の違い。家族による介護は24時間365日、介護者は同じです。それでは精神的に疲弊してしまいます。でも介護事業所では介護スタッフが入れ替わるので、疲弊はありません。元より介護事業所における介護は職責ですから、疲弊するわけにはいかないし、疲弊しない工夫をすることを事業所としてもスタッフとしても、責務として担っています。/〔たまにですが、その職責と責務を逸脱した行為が世間にはあります。虐待行為です。〕

②ひとつは認識の違い。介護事業所では、認知症の方のおかしな行為行動(健常者からみた)を症状として冷静に認識して冷静に対応できます。でも家族は、認知症の症状を症状として理解はしても、その場になれば冷静ではいられません。感情がはいりがちです。

なぜなら、そこには家族としての悲しみを内包しているからです。裏返せば、家族の愛情です。さらに裏返せば、介護事業所の社会的役割(職責としての介護)の必要性をそこに見ることもできます。/感情が入ってばかりいると疲れます。家族による介護が疲弊しやすい原因でもあります。

5.認知症行動への対応方法

・もしも家族の誰かが、チェストの中の衣服を全部出し、そのへんにでたらめに山積みにしていたら、その家族とその行動に対して、皆さんはどのような態度をとると想像できますか?

「いったい何をやっているの!」「早く片付けなさいよ!」「家出でもするつもり?」・・驚き、怒り、呆れる…というような態度をとってしまうのではないでしょうか。

認知症の方へのそのような態度は、何の解決も生みません。

なぜなら、健常者から見た認知症の方の”おかしな言動”は、症状だからです。

・チェストの中の衣類を全部出していることについて「何を馬鹿なことしているのよ!」と、もしも責めるとしたら、それは風邪をひいて咳をしている人に「なんで咳をしているのよ!」と責めるのと同じことなのです。言われた方は、そんな理不尽なこと言わないでよ、風邪なんだから…と思うでしょう。認知症の方が言われた場合には、行為行動が否定されるのですから、怒りに繋がります。

・対応方法は、この詩作品での方法のように、否定をしないで(承認をして)⇒自然な形で話題を変えていくことが望ましいです。

承認をして:「何かしないといけないと思ったのですね」/上記事例より。

※相手に分かってもらうことは嬉しいものです。嬉しい感情(心地よさ)が生まれます。そのことは短期記憶の喪失により直ぐになくなってしまいますが、かまいません。心地よさを感じて頂くことが大事です。

※復唱は簡単で分かりやすく、効果のあるコミュニケーションテクニックです。

   ⇩

話題を変える:「ただ、何をするにも、まずは腹ごしらえが大切ですよ」/上記事例より。

・認知症の方とのコミュニケーションにおいて、話題を変えることが容易にできるのは、悲しいかな・・短期記憶が失われるからです。

・ただし、一旦話題を変えても、再度戻って同じ行為同じ発言をされる場合があります。そうなったらそれは、ああ..困った…ではなく、その方のこだわりがそこにあるという発見と理解します。おそらく、その場で解決はできません。時間をかけて、その根っこを探っていくことになります

(イラストはイメージです/出典:photoAC)

今までの作品一覧

以下にございます。

介護の詩/老人ホームで暮らす高齢者の様子/「車止めで一息」/詩境

明日の自分が、そこにいるかもしれません。

お読みいただければ、幸いでございます。