介護の詩|虚ろな眼差し|老人ホームで暮らす高齢者|大腿部骨折


※この頁は老人ホームでの出来事を、そこで働く介護士が口語自由詩にてお伝えしています。

【車止めで一息77】

虚ろな眼差し

(画像はイメージです/出典:photoAC)

老人ホームで暮らす、お爺ちゃんお婆ちゃんのこと、

気になりませんか? 

少しだけでも気にしてみて下さい。

それは、未来の自分の姿…なのかもしれません。

”転んで骨折してしまう” そして日常生活に支障が生じて介護認定に至る

そして、まさか自分がこんなふうになるなんて…と思い悲しみ辛くなる。

そのような転倒事故は高齢者にとても多いようです。

・2022年の厚生労働省「国民生活基礎調査」では、介護が必要になった原因で一番多いのが”認知症”、次いで”脳血管疾患”、第三位が”骨折・転倒”と報告されています。

〔参考:「介護や支援が必要となった主な原因」

そして、高齢者の骨折の発生部位で多いのは以下の通りです。

転倒による骨折で多いのは、”上腕骨(腕の付け根)”、”手首”、そして”大腿骨(足の付け根)”です。これらに疲労による”背骨の圧迫骨折(主に胸椎、腰椎)”を加えて、”高齢者に多い四大骨折”と呼ばれています。

〔参考:「高齢者に多い骨折の原因と予防」

転倒事故が多いのは、老人ホームでも例外ではありません。

既に他の要因で要支援又は要介護の認定を受けて生活していたところへ、骨折が加わるのですから、それまで以上に日々の生活にいろいろな制限が加わることになります。ADLは落ちしてしまいます。ご本人様にとっても周囲の者にとっても、受けるダメージは大きなものです。

この頁では、転倒により大腿部を骨折してしまい、ホームに帰ってきたときには車椅子生活になってしまった事例を取り上げました。

車止めで一息 】

車止めで一息 77

虚ろな眼差し

その眼差しを虚ろと云うのだろう。

視線の先には窓の向こうに青空が広がっていたけれども、

貴女様の眼差しは何処へも向かっていなかった。

貴女様の眼差しは何も見ていなかった。

その眼差しはただただ中空に浮いていた。

その眼差しを虚ろというのだろう。

ベッドに仰臥位のまま首を窓側に傾けていたけれども、

貴女様の眼差しは窓の外へは向かっていなかった。

貴女様の眼差しは何処も見ていなかった。

その眼差しはただただ瞼が開いただけの黒目だった。

転倒をして、大腿部骨折。

ホームに戻って来た時は車椅子姿だった。

ベッドに自立して腰かける力が無くなった貴女様は、

トイレの便座で座位を保持することはできず、

それまでのリハパンはオムツになった。

その眼差しを虚ろというのだろう。

ベッドに仰臥位のまま排泄介助を受ける貴女様。

思いもしなかったオムツの中への排泄。

思いもしなかったベッドの上でさらす陰部。

貴女様の眼差しはただただ虚空の中にあった。

その眼差しを虚ろというのだろう。

仕方がない・・・

諦めた・・・

そして・・・・・

黒い瞳はどことなく濡れていた。

※排泄介助は部屋のカーテンを閉めて行うのが基本です。

この時、私はあえてカーテンを半分開けて主様が外を眺められるようにしました。

部屋は4階で空しか見えないこと、主様の気持ちが排泄介助に集中しないようにと考えたからです。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

【 詩 境 】

詩 境

「どうして、こんなことになっちゃったのだろう…?」「こんなはずじゃあ…なかったのに…」・・不測の事態を嘆いてその心情を吐露するときに発せられる言葉です。

でも、不測の事態に遭った全ての人が、そのような心情を口に出すわけではありません。

その心情を、口に出して周囲に分かってもらおうとする人がいれば、ただ思うだけで心の内に秘めておく人もいらっしゃいます。

この詩で語らせて頂いた高齢の女性は、決して弱音を口にしない後者のタイプでした。

でも、その眼は、「虚ろであるという状態が有る」という意味において、重大な心の内を物語っていたように、私は感じました。

虚ろな眼差しが語っていたものとは・・・

心の中を全て空にして何も望まなければ何も思わない、何も望まなければ悲しさも悔しさも感じない・・そう自分に言い聞かせているのではないだろうか。私にはそう感じました。

もしもそうだとしたら、それはとても辛いことだと思います。

このような状況に置かれた方への介助には、同じ介助をしていても、とても難しいものを感じました。大切なのは、一日二日で解決しようとせずに、時間をかけて根気よくケアしていくことではないかと思います。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

今までの作品一覧

以下にございます。

介護の詩/老人ホームで暮らす高齢者の様子/「車止めで一息」/詩境

明日の自分が、そこにいるかもしれません。

お読みいただければ幸いです。