介護の詩|吐き出される業|老人ホームで暮らす高齢者の様子|詩境

※この頁では老人ホームでの出来事を、そこで働いている介護士が口語自由詩にてお伝えしています。

【車止めで一息 096】

吐き出される業

(イラストはイメージです/出典:photoAC)

老人ホームで暮らす、お婆ちゃんお爺ちゃんのこと、

気になりませんか? 

少しだけでも気にしてみて下さい。

そこには、人生最期の自分の姿があるかもしれません。

有料老人ホームには、現時点で介護は必要ないけれども、先々のことに備えて入居し自立生活をされている高齢者の方々がいらっしゃいます。

そのような方が二人以上集まった時、私が現場で何度も耳にしていることですが、口にされる共通の言葉があります。それは「いつ死んでもいい」です。

「いつ死んでもいい」というのは達観ですが、私は命の尊厳を蔑ろにしていように感じてしまいます。また実際に、同じ建物内に、看取り介護に入り死の迫っている人がいらっしゃることを併せて思うと、私にはとても耳障りに聞こえてきます。

ただ、耳障りに聞こえますが、言葉の端々を聞かせていただくと、ご本人様の実際の心の中には「まだ死にたくはない」という思いがあるのだろうな….とくみ取れることも確かです。その部分は生への執着ですね。本能として当然だと私は思っています。

そして、それら生への執着については直接的な懇願とも感じられる言葉が飛び交うこともあります。

その言葉の中にあるのが「まだ死にたくはないわね」と「私はまだ死なないでしょう?」です。「いつ死んでもいい」と口にしながら、もう一方で「まだ死にたくはない」とも口にされるのです。人間の心というものは平静なつもりでいても、矛盾を抱え混沌としているその証かもしれません。

そして、私がそれらの言葉を耳にして、「まだ死にたくはないわね」はまだ受けれられるとしても、「私はまだ死にそうもないでしょう?」と確かめるようにきいてこられたときには、私はその返答に困ってしまいます。

本当のことを言えば、施設内で巡回に行ったらお亡くなりになっていたという突然死もスタッフは経験しているわけで、正直であればあるほど返答に困ることになるのです。

【 吐き出される業 】

車止めで一息 096

吐き出される業

介護はまだ必要ないけれども、

先を見越して入居している人もいる、

ここは住宅型有料老人ホーム。

同類相求めて集まれば井戸端会議。

繰り返す話はいつも同じだ。

いつ死んでもいいとか、

いつまで生きられるのか・・とか。

混濁している諦観と執着。

でも明るい井戸端会議。

話すことが元気に繋がる高齢者。

話すことで自分の存在を確かめ、

話すことでストレスを吐き出している。

口にすることに遠慮はない。

・・今のまま生きていたってしょうがない。

・・生きたくて生きているわけじゃあない。

・・あんなふうにはなりたくない。

命を弄ぶ勝手気ままな発言は、

周囲も自分の明日も忘れた、

傍若無人で自己中な響きだ。

皆はスタッフをつかまえて次々に問いかけた。

「わたしは、まだ衰えちゃあいないでしょう?」

「わたしは、まだぼけたりはしていないでしょう?」

「わたしは、まだ死にそうもないでしょう?」

生への執着にスタッフは微笑みを返すしかなかった。

死ななかった人はいない。

*

〔言葉〕

・業〔ごう〕

 仏教用語の「業」として使いました。

 業はやがて報いを生じさせる人間の善悪の行為のことを云います。仏教では、身体が起こす業、口が起こす業、意識が起こす業をまとめて「身口意の業/しんくいのごう」と呼んでいます。

 例:「口は災いの元」というのは口〔発言、お喋り、内緒話etc〕が原因となる業の現れであり、その発言が思わぬ災いに発展してしまうことがある…という業の現れを意味しています。

 この作品の中では「口の業」つまり、言いたいことを言っているけれども、それらは全部自分に降りかかって報いとなる…という意味で使いました。

・ADLとQOL(参考)

 Activities of Dairy Living の略語です。

 移動、排泄、食事、行為、洗面、入浴などの日常生活動作を意味しています。

<参考>

「ADL低下」/健康長寿ネット

<参考>

 買物、料理、洗濯…等、手段を講じて行う日常生活動作については、IADLと呼ばれています。

Instrumental Activities of Dairy Living の略語です。

また、QOLと言って人生の質という意味の用語もあります。Quality of Life の略語です。

昨今、QOLを高める生き方を追求しようという認識は高くなっています。

・ぼけ

「ぼけ」は「痴呆」と同じく禁止用語です。

侮辱的かつ差別的意味を有しているので使ってはならないと理解されています。

ここでは実際にあった発言として、そのまま使いました。

<参考資料>

「痴呆」に替わる用語に関する検討報告会

平成16年〔2004年〕12月24日付

 :この検討会で「痴呆」を改め「認知症」とする報告がされました。

 :この報告書に「ぼけ」は表現されていませんが、他の資料を読むと「ぼけ」も同様に判断されたようです。

*この報告書以降、仕事としての介護の現場では「認知症」に統一されました。

*この作品は事実を元に書かれており、事実から感じ取れる表象を大事にするために、実際の発言をそのまま文字にしました。

「ぼけたりはしていないでしょう?」の部分です。

(イラストはイメージです/出典:photoAC)

【 詩 境 】

詩 境

ともかく、人間というものは本能をむき出しにしたときは自分勝手なものです。だからよけいに「思いやり」とか「親切」とか「慈愛」とか、他の人の立場に立って他の人の為に行動するためには、他の人のことや周囲のことをいつも意識して生きていくことが必要なのだと思います。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

【今までの作品一覧】

以下にございます。

”介護の詩/老人ホームで暮らす高齢者の様子/「車止めで一息」/詩境”

 

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