介護の詩/「帰宅願望Ⅰ」/老人ホームでの息遣いと命の灯18/詩境


【車止めで一息】

帰宅願望Ⅰ

老人ホームで暮らしている、お爺ちゃん、お婆ちゃんのこと、気になりませんか? 

「娘が迎えに来てくれるのを待っているんです」そう言って、貴女様はずっと待っていました。認知症の母を取り巻く悲しみが、そこにありました。

私は、介護士として、老人ホームで働いています。

そして、人々が老いていく様子のその中に、様々な人生模様を見る機会をいただいております。

介護/老人ホーム

私は、そこで見て感じた様々な人生模様を、より多くの人たちに伝えたいと思いました。

なぜなら、「老人ホームではこんなことが起きているんだ」と知ることによって、介護に対する理解が深まり、さらに人生という時間軸への深慮遠謀を深める手助けになるだろうと思ったからです。

それは、おせっかいなことかもしれません。でも、老後の生き方を考える”ヒント”になるかもしれないのです。

伝える方法は、詩という文芸手段を使いました。

詩の形式は、口語自由詩。タイトルは「車止めで一息」です。これは将来的に詩集に編纂する時のタイトルを想定しています。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

高齢者の、老人ホームでの息遣いと命の灯を、ご一読いただければ、幸いでございます。

【車止めで一息】

車止めで一息18

帰宅願望Ⅰ

からっぽだ! なぜ?

一段目も、二段目も、三段目も、四段目も、

ない、ない、ない、ない! すっからかん!

なめらかな底板だけが、

すました顔して笑っている。

これはチェストなのだ! なのに!

下着も、靴下も、上着も、ズボンも、

ない、ない、ない、ない! がらんどう!

つかみどころのない空気だけが、

我関せずという顔して佇んでいる。

ここは〇〇様の部屋、着替えはどこだ?

ベッドも、トイレも、洗面所もある。

ここは〇〇様の、生活の場所なのだ。

昨晩もここで眠って、朝はここで起きたのだ。

退去? 救急搬送?

・・・・・

いいや、なんだこれは!

いっぱいじゃあないか!

これは、いったい、なに?

クローゼットの中は、まるでゴミ集積場だ!

パンパンに膨らんだ大小のポリ袋が、

ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ・・・数えられない。

同じ表情をして、下から上まで、

いくつもいくつも摘まれれている!

・・・・・

その中の、ひとつが喋った。

「整理整頓にもね、いろいろな方法があるわけよ、わかってね」

・・・は、はい。

・・・・・

ひとつひとつの袋の中は、

貴女様の衣類でギュウギュウだった。

今日は古着の収集日? ・・・いいや、

ここは、貴女様の部屋。

ここは、貴女様の生活の場所。

ここは、クローゼット。

袋の中の衣類は、

ご家族様が揃えてくれた春夏秋冬の着替えだった。

・・・・・

貴女様は、ニコニコしながら言った。

「娘がね、お母さんしばらく、ここに居てねって、云ったんですよ」

貴女様は、半ば得意げだった。

「私はね、いつでも直ぐ帰れるように、準備しているんです」

貴女様は、

食事が終わるとロビーのソファに座って待っている。

パンパンに膨れた大きなポリ袋を膝に抱えて待っている。

朝から晩まで、ずっとずっと待っている。

「娘がね、お母さんしばらく、ここに居てねって、云ったんですよ」

「私はね、いつでも直ぐ帰れるように、準備しているんです」

職員しか開けることができない、

電子解除キー専用の、茶色い大きな扉。

その扉をじっと見つめ続けている貴女様。

貴女様はじっと待っている。

朝から晩まで、ずっとずっと待っている。

「お母さん、待った? ごめんね、遅くなっちゃって」と言って、

娘が扉を開けて迎えに来てくれるのを、

ずっと待っている。

・・・・・

(画像はイメージです/出典:photoAC)

あきら

自分の衣類を、いくつもの袋に詰めるだけ詰めこんで、チェストの中はからっぽでした。

だいだい、その袋をどこで手に入れたのでしょうか? 確認をすると・・・何人もの異なるスタッフに「服の整理をするから」と言って2枚3枚ともらい、それを何度も繰り返して集めたそうです。

その方は「いつでも帰れるように準備しているんです」「娘がもうすぐ迎えに来てくれるんです」と真顔で話されました。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

私は、対応のHow toよりも、まずはその方の真摯な思いを、しっかり受け止めることが大事だと思いました。

なぜなら、この方の口から出た・・・

「娘がね、お母さんしばらく、ここに居てねって、云ったんですよ」

「私はね、いつでも直ぐ帰れるように、準備しているんです」

・・・という心情を、そうではありませんよ….なんて云える理由など、どこにも見つからなかったからです。

この詩はタイトルに「帰宅願望Ⅰ」とあるように、「帰宅願望Ⅱ」「帰宅願望Ⅲ」と続ける予定です。続編もお読みくださいませ。

私が介護士として働いている施設は「住宅型介護付有料老人ホーム」です。

自立の方、要支援1~2の方、要介護1~5の方が住まわれており、ターミナルケア(終末期の医療及び介護)も行っている施設です。

【参考】

★【前回公開した詩】 ありがとう

介護の詩/「ありがとう」/老人ホームでの息遣いと命の灯17/詩境

介護の詩/「帰宅願望Ⅱ」/老人ホームでの息遣いと命の灯19/詩境

介護の詩/「車止めで一息」/老人ホームでの息遣いと命の灯

読んでくださり、ありがとうございました。