介護の詩/介護の仕事に大切な事/老人ホームでの息遣いと命の灯61/詩境


【車止めで一息】

介護の仕事に大切な事

老人ホームで暮らしている、お婆ちゃん、お爺ちゃんのこと、気になりませんか?

私は今、介護士として老人ホームで働いています。

施設は「住宅型介護付き有料老人ホーム」です。

自立の方、要支援1~2の方、要介護1~5の方が住まわれており、ターミナルケア(終末期の医療及び介護)も行っている施設です。

介護/老人ホーム

私はそこで働きながら、人が老いていく様子のその中に、様々な「発見と再発見」を得る機会をいただいております。

そして私は、それらの「発見と再発見」を、より多くの人たちに伝えたいと思いました。

なぜなら、「ああ、老人ホームではこんなことが起きているんだ・・」と知ることで、介護に対する理解が深まり、さらに人生という時間軸への深慮遠謀が深まると思ったからです。

そしてさらに、それらは、おせっかいかもしれませんが、老後の生き方を考えるヒントになるかもしれないのです。

伝える方法は、詩という文芸手段を使いました。

詩の形式は、口語自由詩。タイトルは「車止めで一息」です。これは将来的に詩集に編纂する時のタイトルを想定しています。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

高齢者の、老人ホームでの息遣いと命の灯を、ご一読いただければ、幸いでございます。

口語自由詩

車止めで一息 61

介護の仕事に大切な事

介護は、

ADLを補助しながら、

QOLという心的環境をより良好な状態にしてさし上げることだ。

これが私の介護に取り組む姿勢の基本だ。

介護は、

常に相手様と向き合いながら、

協力し合ってひとつのゴールへ辿り着くことだ。

これが私の介護に取り組む姿勢の基本だ。

ゴールは毎日四方八方にいくつもある。

食事や排泄という、

生理的欲求をきちんと満たすのはゴールのひとつだ。

ゴールは毎日四方八方にいくつもある。

体操をして身体を動かし、歌をうたい、お喋りをする。

自己の存在を確認し、自我を感じることもゴールのひとつだ。

介護は、

する方とされる方が対等な関係にあって、

協力し合ってひとつのゴールで辿り着くことだ。

そこには主従関係も対峙もない。

なのに、ときどき、

協力し合うことができずゴールへ向かえないことがある。

ひとつは介護拒否。

ひとつは生きる意欲の喪失。

前者が圧倒的に多いが後者は曲者だ。

「生きていたってしょうがない」

「早くお迎えにきてほしい」

そんな言葉ばかり聞いていると、

・・だったら早く死んじゃえばいいのに。

そんな乱暴はことを思うスタッフがいたりする。

後ろ向きの発言ばかりはスタッフを萎えさせる。

つまり、

介護は、

老後の万能薬ではない。

「早くお迎えに来てほしい」と言う人には、

ADL への補助は機械的になり、

QOL への追求は勝手にどうぞ。

介護の意味は半減する。

人生100年なんて言うけれど、

100年生きられない、

たとえ生きてもつまらない。

介護は、

する方とされる方が対等な関係にあって、

協力し合ってひとつのゴールで辿り着くことだ。

そこには主従関係も対峙もない。

なにはともあれ、

「生きる」という姿勢は、

される方には必要な心持だ。

もちろん、

する方にとっても

大切な心持だ。

ADL日常生活動作/Activities of Daily Living

QOL生活の質/Quality of Life

画像はイメージです/出典:photoAC)

あきら

「生きていたってしょうがない」「早くお迎えにきてほしい」などの発言は、半自立から、いよいよ介護が必要になった人に多いように思います。

私が初めてそれらの言葉を聞いたとき「こういう場所で暮らせるのだから幸せではないのか?我がままだなぁ…」と思ったものです。

介護する方としては、その方へどのような声かけをしてさしあげればいいのか、自分はどのような心持で取り組めばいいのか、わかりませんでした。そして、今も苦慮します。

そんなとき、介護の仕事って何なんだろう…?って思うことがあります。その思いをきっかけにして、介護の仕事の大事なことを探ってみました。

【参考】

介護の詩/車止めで一息/老人ホームでの息遣いと命の灯

読んでくださり、ありがとうございます。