介護の詩|家族への最後の手紙|遺言は葬式の手順書|老人ホーム


【車止めで一息59】

家族への最後の手紙

老人ホームで暮らしている、お婆ちゃん、お爺ちゃんのこと、気になりませんか?

私は今、介護士として老人ホームで働いています。

施設は「住宅型介護付き有料老人ホーム」です。

自立の方、要支援1~2の方、要介護1~5の方が住まわれており、看取りも行っている施設です。

介護/老人ホーム

私はそこで働きながら、人が老いていく様子のその中に、様々な「発見と再発見」を得る機会をいただいております。

そして私は、それらの「発見と再発見」を、より多くの人たちに伝えたいと思いました。

なぜなら、「ああ、老人ホームではこんなことが起きているんだ・・」と知ることで、介護に対する理解が深まり、さらに人生という時間軸への深慮遠謀が深まると思ったからです。

そしてさらに、それらは、おせっかいかもしれませんが、老後の生き方を考えるヒントになるかもしれないのです。

伝える方法は、詩という文芸手段を使いました。

詩の形式は、口語自由詩。タイトルは「車止めで一息」です。これは将来的に詩集に編纂する時のタイトルを想定しています。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

高齢者の、老人ホームでの息遣いと命の灯を、ご一読いただければ、幸いでございます。

口語自由詩

車止めで一息 59

家族への最後の手紙

ベッドを上半分起こして何やら書いていた。

掛け布団の上にノートを広げて何やら書いていた。

ペンを握ったままの手で頭を掻いて何やら書いていた。

窓のレースのカーテンは開けている。

外は晴れ、青空に明るい陽射し。

ここは貴方様の終の棲家。

家族がね、迷わないように書いておくんです。

いつ死んでもいいようにね、書いておくんです。

自分のことですからね、好きなようにさせてほしいんです。

自分の葬式ですよ、自分のためにするんです、自分のことなんです。

最後ぐらいね、自由にさせてほしいんです。

これは家族への最後の手紙なんです。

髪の毛のとうの昔に抜け落ちた頭皮には艶もあればシミもある。

全身が脂の切れた頼りない皺くちゃの皮膚で覆われている。

金縁の眼鏡は心なしか歪んだまま鼻に乗っている。

カレンダーには毎日のバイタルが書き込まれている。

チェストの上には◇◇新聞と月間の文芸誌が積まれている。

ここは貴方様の最後の書斎。

葬式はね、自分のことだから自分で決めておくんです。

葬儀屋に任せたら、通り一篇の葬式にしかならないと思うんです。

最後ですからね、自分の好きなような葬式にしたいんです。

来てくれた人が悲しまない葬式にするんです・・それは、

この人は死んじゃったね・・だけど、

自分は頑張って生きていこうって思える葬式です。

棺に入れられた私が皆さんの前に現れるでしょう。

そうしたら、ミュージックスタート!

オーバー・ザ・レインボウが流れるんです。

オズの魔法使い、知ってる?

知っているんだ。あんたも古いねぇ~。

〔貴方様は口を大きく開け大きな声で歌った〕

♪サムホォエア♪ オーバザレインボウ♪ ウェイ アップ ハイ♪

虹の向こうにはね、夢がかなうところがあるんです。

夢が叶うんですよ、いいでしょう?

現実っていうのは、なかなか思うようにはいきません。

でもね、この歌は、こう歌うんです。

悩みはレモンドロップのうように溶けていくってね。

〔貴方様は、一語一語ゆっくり流暢に発声した〕

Where trobles、melt、like、lemon…drops.

身体が震えてもね、いつかは無くなってしまうっていうことです。

ねっ、いいでしょう?

それで・・・

私の棺が霊柩車に乗せられて、パタンと扉が閉められる頃には、

オーバー・ザ・レインボウはフェイドアウト。

〔貴方様は嬉しそうに中空を見つめ、そして続けた〕

そうしたら、五秒位かな、一瞬の静寂が流れる、みんな黙っている。

そして、霊柩車がパオ~ンって出発の合図、警笛を鳴らしますよね。

そしたら、警笛の余韻の中、ミュージックスタート!

今度は、元気な曲です。

オブラディ・オブラダ。ビートルズのあれです。

同時に、沢山の色とりどりの風船が解き放たれて空に舞うんです。

もう葬式はおしまい。

みんなには元気よく仕事場に戻ってもらわないとね。

オブラディ・オブラダの歌詞、知ってます?

〔貴方様は、元気よく嬉しそうに歌い出した〕

♪ob-la-di ♪ ob-la-da ♪ life gose on ~ bra ♪

♪la-la how the life gose on ♪

ライフ ゴウズ オン、人生は続くって歌うんですよ。

いいですか?

私の人生は終わりだけれども、

あなたの人生も、ここにいる皆さんの人生も、まだまだ gose on なんです。

つまり、こういうこと。

葬式に来てくださったみんな、頑張って生き続けてほしい。

夢を叶えるために生き続けてほしいってね、そう思うんです。

貴方様はノートを閉じた。

「人生を閉じるのは私みたいな年寄りだけで十分です」

「あなたはまだ若いんだから、頑張って夢を叶えてくださいね」

貴方様の目は、

優しさに包まれていた。

「オーバーザレインボー」

映画「オズの魔法使い」の中で歌われた、心の残る名曲です。

画像はイメージです/出典:photoAC)

貴方様は96才。◇◇新聞と〇〇春秋を読み、いつも理路整然と物事のワケをきちんと話してくださいました。

最期 の半年はADLが落ちて、新聞も〇〇春秋もただ積み上げられていくだけでした。でも、貴方様の生きる姿勢は最期まで凛としていらっしゃいました。

その貴方様が、私によく語ってくれたのは「生きる意味」や「夢を追うこと」でした。そして、ご自身の葬儀のことについても、度々言及されていました。

この作品は、その話を(それは途切れ途切れでしたが)まとめたものです。

Where trobles melt like lemon drops.

〔困難はレモンドロップが溶けていくように無くなっていく〕

Life goes on.

〔人生は続いていく〕

貴方様は、私に、生きる勇気を教えてくださいました。

どうも、ありがとうございました。

老人ホームで働くことは、いわゆる3K(きつい/汚い/危険)とよく言われますが、実はこのように、学びと感謝の世界もあるのです。・・ということも、知っておいていただきたく思い、これを書きました。

〔参考〕

以下、いずれもYouTubeからです。

「オーバーザレインボー」

歌詞の意味をひとつひとつ追ってみて下さいませ。

Ob-La-Di Ob-La-Da – The Beatles 1968 – ザビートルズ「オブラディオブラダ」【和訳付】この歌には温かいものが流れているように感じます。

日常を大切に生きること。それが人生を繋げていくコツなのかもしれません。元気よく、ob-la-di, ob-la-da, life goes on bra !と歌いたいものです。

【作品一覧】

介護の詩/老人ホームで暮らす高齢者の様子「車止めで一息」/詩境

読んでくださり、ありがとうございます。