
百人一首。英訳を読めば、たとえ難解な解釈でも分かりやすく理解できて、楽しく鑑賞することができます。
和歌の心も英語も
同時に学べます

(画像はイメージです/出典:photoAC)
今回のテキスト/恋歌
第56番歌
和泉式部(生没年不明/10~11世紀)

あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな

〔以下引用〕
I’m going to die,
so I want to see you once again
to make a good memory to comfort me in heaven.
〔引用終わり〕
〔引用元〕”小倉百人一首英訳” より
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http://www3.to/kyomi/database/h1/
〔※難解だと思われている古文が、こんなにも簡単な英語で表現できるんですね〕
〔参考/日本語訳〕引用元:Google 翻訳)
私はいずれ死ぬので、天国で私を慰める良い思い出を作るために、もう一度会いたいです。
※筆者によるオリジナル解説です。言葉の意味については、Google翻訳などから引用しました。

なぜ、私は死んでいくのか?
おそらく重い病気で、死期が迫っていることを身体が感じているのでしょう。世間の多くの解説書は、和泉式部は重い病気に罹っていたと解説しています。このことを踏まえて、以下をお読みくださいませ。
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【 I’ m going to die 】
「私は死ぬことになっている」「私は死ぬつもりだ」….とても分かりやすいですね。
I will ~も未来のことを云い表しますが、will は「既に決まっている未来」には使いません。be going to~ を使うことにより、死が確実であることが伝わります。つまり、I’m going to die. は、そこに死への覚悟を読み取ることができます。
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【 so I want to see you once again 】
「だから、あなたにもう一度逢いたい」….切実な思いが伝わってきますね。気持ちを伝える表現は、簡単であればあるほど分かりやすくなり、重みを増す場合があります。
そして、to make ~ 「~をつくるために」という理由が続きます。
~ once again. で区切って、because ~でもつなげることができますが、もしも そうすると、to make ~以下の目的が明確になるというよりは、言い訳のように聞こえてくるのではないかと私は考えます。
天国にいった時の ”いい思い出にしたいという思い” は作者の切実なかつ自然な願いなのです。なので、わざわざ理由を述べる because ~ は説明文のようであり情感を欠くので適当ではないう判断だと思われます。
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【 comfort 】
「comfort」は「快適さ」「慰め」「安心」などの意味を持つ英単語であり、名詞としても動詞としても使用されます。
・名詞:快適さ、慰め、安心、
・動詞:慰める、安心させる
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【あらざらむ】
「あら」は動詞「あり」の未然形で、「む」は推量の助動詞です。
なので「私は、もうすぐ死んでしまい、この世にはいないでしょう」という意味になります。
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【この世のほかの】
「この世」は現世であり「現世の他の」なので、「この世のほかの」は死後の世界を指しています。
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【(逢ふこと)もがな 】
「もがな」は終助詞で、願望を表します。
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【 逢ふ 】
古語の「逢ふ」には、対面する/顔を向ける/面会する/出会う・・という意味の他に、「男女が関係を結ぶ」「結婚する」という意味があります。
このことを考え併せれば、末尾の「逢ふこともがな」は「逢って抱き合いたい」とか「逢って一夜を共に過ごしたい」いう情熱的な思いが含まれているとも解釈できます。
(英訳では、そこまで突き詰めて訳されてはいません)
「逢ふこともがな」は「逢って抱き合いたい」….
このように解釈すると、この歌はただの恋歌ではない、とても艶めかしい恋愛歌であると理解できます。
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そしてさらに・・・、
詩歌の解釈には曖昧さを大事にして、いろいろな状況を想像しながら楽しむ解釈の方法があります。それは、次に記します【意訳(free translation】です。
以下に【直訳】と【意訳】を並べます。【意訳】の楽しさにも触れて下さいませ。
(画像はイメージです/出典:photoAC)

【参考】
※ 直訳:書籍やネットなどで多々公開されている一般的な解釈です。これは、そのうちのひとつです。

[以下引用]
”まもなく私は死んでこの世を去るであろうが、せめてあの世への思い出に、もう一度だけ逢いたいものである”
(引用元:ちくま文庫/百人一首/2010年8月20日第15刷)
※ 意訳〔free translation〕は詩歌を味わう一番の楽しみだと、私は思っています。

私は、重い病気になってしまいました。私がこうやって病床に臥したまま死んでしまう日も、そう長くはありません。
なので、貴方へのお願いがあります。私が死ぬ前の、たったひとつのお願いです。
どうかもう一度、私と一晩、床を共にしてください。
貴方と過ごした最後の夜の思い出があれば、わたしは、天国に行っても安心して自分の心を慰めることができると思います。
どうかお願いです。私が死ぬ前にもう一度、私と床を共にして下さい。
(意訳:かとうあきら/筆者)
【私見】

難解な古文の短歌が、こんなに易しい英語で表現できるなんて、これは感動ものだと思いませんか? もしもこれを古文の授業で取り入れたら、古文の授業はもっと楽しく魅力的なものになると、私は思っています。
〔歌の内容、そのものについて〕
病床に臥しているのに・・・、いいえ、病床に臥して死期が予感できるからこそ、思いを正直に伝えたかったのでしょう。とても情熱的な歌です。
もしもあなたが、このような内容のラブレターをもらったら、どうしますか? その人が寝ている病院のベッドに、添い寝だけでもしてあげたくなりませんか。
そしてまた、もしの自分がこの作者のような状況になってしまったら….その時、心に描く”あの人”が、きっと自分の一番大切な人なのだと思います。
そんなことを思わせる、エネルギー溢れる恋歌です。
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百人一首には「思ふ」や「思ひ」という言葉を詠んでいる歌が20首あります。5首のうち1首なのだから、多いですね。
どんな歌なのかな? 共通する特徴はあるのかな? と思って読んでいたら、あることを発見しました。それらの歌の英訳を探ってみると、I think ~(名詞は thought)だと思っていたら、必ずしも I think ~(名詞は thought )ではないんですね。
実は、そこが詩歌の面白さなんです。
実は、「思う」「思ひ」というひとつの言葉をとりあげても、いろいろな解釈ができるんです。
だから、それを英訳すると I think ~ (又は thought )以外の表現も多々出てくるわけです。
この度は、百人一首の中から「思ふ」という動詞(又は「思ひ」名詞)を詠んでいる歌の英訳を紹介しながら、その歌の心に触れていきたいと思います。
なので、短歌の心も、英語も、同時に学べます。
なお、以下の①②の項目につきましては、以下の記事を参照してくださいませ。
・百人一首/英訳/逢ひ見ての後の心にくらぶれば/短歌も英語も学ぶ①
①〔概論〕詩歌を英訳して鑑賞する理由
② 百人一首を英訳で鑑賞する【理由】【記事の構成】

以下では、百人一首に詠まれている共通の語句を中心に分類して、解説しております。ご一読いただければ幸いです。
ご一読くださり、ありがとうございます。