山上憶良が万葉集に詠んだ秋の七草、生態から歌のワケを推測してみた


(画像出典:photoAC/以下同じ)

この花は、秋の七草のひとつである ”桔梗(ききょう)” です。きれいですね。

桔梗を含めて、日本で ”秋の七草” とされている七つの植物は、以下の七つです。

なぜ、これらが秋の七草なのでしょうか?

その秘密は、7世紀から8世紀にかけて日本の政治と文化で活躍した山上憶良が、万葉集に残している和歌にあります。その和歌が、これです。

秋の野に 

咲きたる花を 

指折りかき数ふれば 

七種の花

そして、さらに、次の和歌を万葉集に残しています。

萩の花 尾花 葛花

なでしこの花 

おみなえし

また藤袴 朝顔の花

(※下線は筆者によります。また、これら秋の七草の中で、尾花と書かれているのはススキを指し、朝顔の花と書かれているのは桔梗のことのようです。)

以来、日本では、これら七つの草花が秋の七草として、親しまれています。

そして一方で、春には春の七草と呼ばれている植物があります。「せり」「なずな」「ごぎょう」「はこべら」「ほとけのざ」「すずな」「すずしろ」の七つです。(以下の画像)

春の七草と秋の七草との大きく異なる点は、春の七草は食用であり、秋の七草は鑑賞用であるということです。

たとえば、百人一首には「君がため 春の野に出でて若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ」という和歌がありますが、ここで表現されている「若菜」は春の七草のことです。この和歌の解釈(以下)からも、春の七草は食用として重宝されたことが分かります。

”大好きな貴女に贈るために、私は春の野に出て春の七草を摘んでいますよ。雑炊に春の七草を入れて、美味しく召し上がってくださいね。ああ、そう思っているうちに、小雪が降ってきましたよ。春(貴女との逢瀬)は、まだ少し先のことですね”

さて、ここで私は疑問に思うのですが、

山上憶良は、七種の花(七草)を秋の野でどのように見つけたのでしょうか?

・・・疑問は、以下の二つです。

〇七草は、秋を代表する花とはいえ、各々開花時期は全く同じではありません。

〇七草は種類が異なりますから、その花が育つ土壌も異なると思われます。つまり生育している場所は違う可能性があります。

秋の七草、

開花時期は同じではない。

生育している場所は異なる。

なのに、

山上憶良は、

指折り数えているのです。

本当に七種類の花を、指折り数えるようにして見つけていったのでしょうか?

これは疑問です。

?山上憶良は、いつ頃、七草を観て、そして数えたのか?

? 山上憶良は、どのような場所をどう歩いて、七草を観て、そして数えたのか?

※そこで、秋の七草の生態について調べてみました。

資料元は、NHK出版の「みんなの趣味の園芸」に求めました。引用部分は全て【】でくくりました。(葛のみ「みんなの趣味の園芸」に見つからなかったのでウィキペディアから引用しました)

さて、秋の七草の開花時期です。

<秋の七草/開花時期>

キキョウ  : 6月~10月

ススキ   : 9月~10月

オミナエシ : 6月~ 9月(温暖地では10月まで)

フジバカマ : 8月~ 9月(残り花は10月ごろまである)

クズ    : 8月~ 9月

ナデシコ  : 7月~ 9月

ハギ    : 7月~ 9月

地域の寒暖の差により、開花のずれは多少あるとは思いますが、このように並べてみると、開花時期の重なりは9月であることがわかります。

つまり山上憶良は、

今の暦の9月に七草を観て、

秋の野に 咲きたる花を

指折りかき数ふれば 

七種の花 

と詠んだのだと推測できます。

ところで、私は、この「指折り」という表現にも疑問が湧いてきます。

野原か野山を歩きながら、次々に目にする七草を指折り数えたように書かれていますが、そんな都合よく七草を見つけることができたのでしょうか・・?という疑問です。

いやいや、

”見つけるという能動的なものではなく、散策をしていてたまたま目にした花が、七種類あったよ、今は秋だね。秋には七種類の花があるんだね”

と思う方が自然かなと思います。

なぜなら、この歌の中には、七種類の花を積極的に探す必然は見えていないからです。

さて、山上憶良が七草について残している、もうひとつの和歌についても考察してみましょう。

萩の花 尾花 葛花

なでしこの花 

おみなえし

また藤袴 朝顔の花

これを詠むと、いろいろと疑問が生じてきます。

藤袴の前にある「また」とあるのですが、この「また」いうのは再度という意味なのでしょうか。

だとしたら、

歩きだした最初の頃に藤袴を見つけて、散策か散歩か思索にふけってなのかは分かりませんが、歩いているうちに、また藤袴を見つけたと思われます。

そこで、

この歌に謡われている秋の七草の「並び順」について考察してみました。

すると新たに、こんな疑問がわいていました。

冒頭の「萩の花」を見つける前に、既に「藤袴」を見つけていたのであれば、何故冒頭に「萩の花」を持ってきたのか・・?という疑問です。 

おそらく、山上憶良の心には「藤袴」はあまり印象には残らなかったと解釈するのが自然かなと思われます。山上憶良の印象に残ったのは「萩の花」~「尾花」・・の順だった・・・と想定できます。

もしくは、これも全くの想像ですが、

山上憶良は今の関西から九州のどこかにいたと思われますので、今は山口県の萩地方と萩の花を重ねたのかもしれません。そのワケは、例えば、萩の辺りを納めている者の中に、なにかしら政治的な懐柔策を取らなければいけない相手がいたとか・・・。

なので、萩の花を一番目に持ってこざるおえなかった・・・とか。

・・・詩歌は、このように自由な想像を膨らませることも楽しみのひとつです。言葉が全てですから、詠んで感じたら、それでいいのです。それが詩歌の愉しみ方というものです・・・

ただ、山上憶良は歌人です。

耳に伝わる ”語感” と ”リズム” も考えていたはずです。

以下は私の解釈です。

「萩の花(5) 尾花葛花(7) なでしこの花(7) おみなえし(5)という、5音-7音-7音-5音のリズム。これを、山上憶良は気に入ったのでしょう。

ちょっと順番を変えて、

尾花葛花(7) 萩の花(5) なでしこの花(7) おみなえし(5)」という、7音-5音、7音-5音というリズムも、なかなかいいなあ・・と、私は思うのですが。・・・みなさんの耳には、どのように響いてきますか?

見た順に並べたのかどうか、山上憶良の意図があって順番を決めたのか、それは分かりません。

ただ、

歌に詠っている秋の七草の順番通りに、その花の生育場所を追えば、

山上憶良が散歩したひとつの道順として足跡を追えるのではないか・・・

とも考えました。

(歌を詠みに外出したのか、思索のために外出したのか・・・わかりませんが)

そこで、秋の七草の生育場所についても「みんなの趣味の園芸」に求めてみました。

<生育場所>

( ※【 】内は「NHK出版 みんなの趣味の園芸」からの引用です)

キキョウは、東アジアに広く分布する多年草です。日当たりのよい草原に見られます

ススキは、平地からやや高い山の上までの、高原、草原、道端、空き地に広く見られます

オミナエシは、日当たりのよい草原に見られる植物です

フジバカマは「秋の七草」のひとつで(中略)川沿いの湿った草原やまばらな林に見られ(中略)自生地では密生した群落になるのが普通です(後略)】

クズ:つるを伸ばして広い範囲で根を下ろし繁茂力が高い。かつての農村では、田畑の周辺に育つクズのつるを作業用の材料に用いたため(後略)】

ナデシコ:明確な生育場所の明確な記載はありませんでした。参考に、以下の記述がありました。【わが国では、秋の七草の一つであるカワラナデシコをはじめ、ハマナデシコなど4種が自生し(中略)古くから観賞用として栽培されてきました】

ハギ:同。以下の記述がありした。【ハギは(中略)ケハギなどの野生種や、その園芸品種の総称として使われます。どれも栽培容易で、秋の風情を楽しむことができます】

和歌によると、山上憶良が詠った順番はこうです。

萩の花⇒ 尾花⇒ 葛花⇒ 撫子の花⇒ 女郎花⇒ また藤袴⇒ 朝顔の花

それでは、秋の七草の登場順に場所を追っていくと、どうなるでしょうか。無理な移動でなければ、それでよしとしたいと思います。(撫子と萩はその自生の生育場所が分からなかったので想像で挿入しました)

さあ、

山上憶良は思索のため、

屋敷から出て

散歩へと出ました。

(以下推測です)

山上憶良は、

歩き出して、最初に萩(ハギ)を見つけました。

それから、

道を歩いていくと、青空を背にした道端沿いに、尾花(ススキ)を見つけました。

それから、しばし歩くと、

道の横には小さな川が流れ、その湿った川沿いに、藤袴(フジバカマ)を見つけました。

それから田畑を目にしながら、田畑を走る細い道沿いに葛花(クズ)を見つけました。

そして、その後に、撫子(ナデシコ)を見つけ、

それから、さらに歩いていくと、日当たりのよい草原に出ました。そこでは女郎花(オミナエシ)を見つけました。

そうしてしばらく歩いていくと、また川の流れが聞こえてきて、ふと川沿いを見ると、その湿ったところに、また、藤袴(フジバカマ)が咲いているのを見つけました。来る時に見つけたのはあっちの藤袴、帰る時には、そのすぐそばに別の藤袴を見つけたのです。その小さな紫色の集まりは、山上憶良の心にとても強い印象を残しました。

山上憶良は、そろそろ屋敷に戻ろうかと思いました。そして、歩いてきた道を戻っていくと、先ほど女郎花を見つけた日当たりのよい草原に出ました。

そして、今度は、紫色に咲き誇る朝顔(桔梗:キキョウ)の花を見つけたのです。

山上憶良は思いました。

・・・今日はたくさんの花を見た。こんなに美しい花たちを見ることができたのは有り難いことだ。・・・いったいいくつ見ただろう・・・。

山上憶良はそう思って、今日見た花を、名前を追いながら指折り数えました。そして、詠んだのではないでしょうか。

萩の花 尾花 葛花

 なでしこの花 

おみなえし

また藤袴 朝顔の花

それから、屋敷に帰ってから、また詠みました。その時は、今日の散策のひとコマひとコマを頭に思いを巡らせながら・・・。

そう、思いを巡らせながら・・・なので「指折り」数えたのです。

秋の野に 

咲きたる花を

指折りかき数ふれば

七種の花

以上、秋の七草の生態を元に、山上憶良が詠った歌のワケを推測してみました。

俳句、和歌、ポエム・・・。いろいろな事情や背景があって、生まれているわけですが、言葉を追って、その時その時に想像できる風景に思いをはせることは、心をゆったりした気持ちにしてくれます。・・・秋の七草、見つけてみましょう。

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