介護の詩/中空の意志/老人ホームでの息遣いと命の灯52/詩境


【車止めで一息】

中空の意志

老人ホームで暮らしている、お爺ちゃん、お婆ちゃんのこと、気になりませんか? 

いつも眠っているから…と思って黙って爪を切っていたら、その手が突然、中空に浮いたように持ち上がったのです。眠っているようであっても、そこには僅かな覚醒と強い意志の力がありました。

私は、介護士として、老人ホームで働いています。

そして、年老いた人がこの世を去っていく、その様子の中に、様々な人生模様を見る機会を頂いております。

介護/老人ホーム

私は、そこで見て感じた様々な人生模様を、より多くの人たちに伝えたいと思いました。

なぜなら、「老人ホームではこんなことが起きているんだ」と知ることによって、介護に対する理解が深まり、さらに人生という時間軸への深慮遠謀を深める手助けになるだろうと思ったからです。

それは、おせっかいなことかもしれません。でも、”老後の生き方を考えるヒント” になるかもしれないのです。

伝える方法は、詩という文芸手段を使いました。

詩の形式は、口語自由詩。タイトルは「車止めで一息」です。これは将来的に詩集に編纂する時のタイトルを想定しています。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

高齢者の、老人ホームでの息遣いと命の灯を、ご一読いただければ、幸いでございます。

【車止めで一息】

〔口語自由詩〕

車止めで一息52

中空の意志

貴女様は眠っている。

ほとんど一日眠っている。

閉じたままの瞼にまだらなまつ毛。

皺くちゃ口元巾着模様。

ゆっくり上下している肺呼吸する胸。

貴女様は眠っている。

貴女様は横を向く。

シーツには投げ出された腕がある。

にょろにょろ浮き出た青黒い血管。

やっと覆っている脂の抜けた破れそうな薄い皮膚。

何も掴まない中途半端に開いた五本の指。

貴女様は横を向く。

腕は骨の形が分かるその上に、

わずかな肉と皮をまとっているだけの、

それでも鎧。

萎えてとか、

痩せてとか、

細くなってとか、

どんな形容も似つかわしくない・・・

それでも鎧。

・・・・・

そのワケは、

貴女様にしかない人生の、

貴女様にしか分からない人生の、

見えない重さがそこにあるからだ。

そして、

爪は伸びる。

高齢になっても、

爪はどんどん伸びる。

片手を、持ち上げて、

パチン・・・パチン

なんだか、もったいない、

パチン・・・パチン

伸びていく爪は、

一生懸命に生きようとしている印なのだから・・・

断ち切るなんて、もったいない。

・・・・・

もしも、ネイルアートで飾ってさしあげたら、

貴女様は、

美しい眠れる森の美女。

・・・・・

形を整え、

鏡面のように綺麗に磨いてさしあげた・・・その時、

眠ったままのはず・・・なのに、

そんな力は残っていないはず・・・なのに、

貴女様はその手を差し出して、

中空に浮かしていた。

貴女様はちっかりとその手を力強く、

中空に浮かしていた。

画像はイメージです/出典:photoAC)

あきら

「〇〇様、手の爪、切らせてくださいね」と声をかけました。・・でも、貴女様は眠ったまま、貴女様に反応はありません。

私は左手で貴女様の手を持ち、右手に持った爪切りで貴女様の爪を切り始めました。

そして、貴女様に反応はなくても、私は時々、声をかけ続けました。・・私の場合、今は何の季節だとか、歳時記の話・・・。

そして・・・、

「もうすぐ終わりますからね、きれいになりましたよ。あと少し、磨かせてくださいね」と話しかけた、その時・・・貴女様の手が、中空にフワっと浮きました。

貴女様は、わすかながらでも覚醒してくれたのです。

コミュニケーションがとれたことを、私は嬉しく思いました。

*

目を閉じて眠っているように見えていても、

”声をかける” ”手を握る” ”身体をさする” など、その方の聴覚と触覚に訴え続けることは、とても大事なことなのです。

<介護職による爪切り>

介護職が爪切りをおこなえるのは、①爪に異常がない。②容態が安定している。③糖尿病など専門的な身体管理は無い。という場合に限られています。

作品に登場する女性は、管理を必要とする疾患はなく、昼間は眠っていることは多いのですが一日の間に一定時間の覚醒はあり、食事はきちんととれていて状態は安定していました。爪切りはホームには看護師が常駐しており、看護師の了解の元でおこないました。

爪切りは、本来ならば入浴後が適切とされています。上記作品中の眠っている最中に爪を切ることは厳密にいえばNGです。

他のいろいろな状況が重なって、伸びっぱなしになっており、正直なところ「今がチャンスだ」という判断で爪を切らせて頂きました。

私が介護士として働いている施設は「住宅型介護付有料老人ホーム」です。

自立の方、要支援1~2の方、要介護1~5の方、各々が住まわれており、ターミナルケア(終末期の医療及び介護)も行っている施設です。

【参考】

介護の詩/車止めで一息/老人ホームでの息遣いと命の灯

読んでくださり、ありがとうございます。