静夜の思い/李白/色彩を味わい楽しめる漢詩の「鑑賞方法」


漢詩に詠み込まれている色

漢詩には、杜甫の〔絶句〕のように色が散りばめられ、それらの色がいろいろな表象を生み出すことによって、より一層の味わい深さが表現されているものがあります。

杜甫の〔絶句〕でいうなら、河の碧(蒼色)、鳥の白、山の青(緑)、花燃えんと欲すの赤、さらに「春」という語句から新緑の緑色が連想されます。(燃えるは然の字を当てています)

(漢詩ですが横書きにしています。左から読んで下さいませ)

鳥 愈

花 欲

看 又 過

何 日 是 帰 年

五言絶句という短い詩の中に、たった二十個の語句の中に、5色もの色を散りばめた杜甫の〔絶句〕は、まるで色々な絵の具を散りばめたパレットのように、色鮮やかな賑やかさに溢れています。その時、言葉は、絵の具の一色一色になっているのです。

〔参考:漢詩の中の色/杜甫①〔絶句〕〕

そう、漢詩を構成しているものの中に、意識的に「色」を感じてみると、漢詩の楽しみ方がひとつ増えるのです。このページは、その楽しみ方を紹介するページです。

このページでは、杜甫とならんで盛唐時代に活躍した李白を取り上げたいと思います。

ただ、題材にしたのは、「色」云々と書きながら・・・〔静夜の思い〕

〔静夜の思い〕を一読してみると、「色なんか使っていない!」と思われると思います。

実は私も、最初はそう思いました。

ただ、よく読むと、ゆっくり読むと、何度も味わって読むと、色がそこにあるのです。

・・・まずは、読んでみましょう。

【静夜の思い】

(漢詩ですが横書きにしています。左から読んで下さいませ)

牀 前 看 月 光

疑 是 地 上 霜

挙 頭 望 山 月

低 頭 思 故 郷

牀前月光を看る

疑うらくは是れ地上の霜かと

頭を挙げて山月を望み

頭を低れて故郷を思う

【解説:意訳】

寝ようと思って寝台に横になったら、月の光が寝台の前まで差し込んでいました。

その月の光は、縁側からずっと寝台のすぐ傍まで伸びてきていて、まるで、地上に降りた白い霜のようにキラキラ輝いていました。その白い輝きに、私はびっくりして、じーっとその白い輝きを眺め続けました。

それはまるで、寒い冬の日、地上一面に降りて、辺り一面を白くキラキラと染めてしまう、霜柱の白い絨毯の輝きのよう・・・、きれいでした。

そして、その瞬間、私は思い出しました。この白く輝く一面の霜は、・・・ああ、故郷の霜と同じかもしれない・・・と。

その途端、私は急に故郷が恋しくなりました。

私は頭を上げて窓の外、遠くにぼんやりと稜線だけが見える山々と、その上に煌々と照っている月を眺めました。

・・・ああ、あの山の向うの、もっともっと向うに、私の故郷がある。

・・・故郷でも、この月の光は照っているのだろうか。そして、同じように白く輝いているだろうか・・・。

私は頭を垂れて、故郷のいろいろなシーンを思いました。

故郷の家族、家族の笑顔、家族との食卓、食卓の上の色とりどりの料理、そして、家族たちの色様々な衣装にお洒落な化粧、さらに壁に飾った刺繍の絵、調度品の数々数・・・。

・・・懐かしい。

・・・早くかえりたい。

・・・いつになったら、故郷へ帰れるのだろう・・・今は帰れない・・・。

【解説:色】

一読してみて、無彩色な感じを受けます。

「牀前月光を看る」「疑うらくは是れ地上の霜かと」・・・

ですから・・・、

夜、暗い、月明かり、月の光は白くて霜のよう・・・。

月明かりの中に浮かぶ山々の影、頭を上げて、そして垂れれば・・・寝具。

何も華やいだ色の数々はありません。

この無彩色な世界に、

色鮮やかな情景が、最後の最後に注ぎ込まれます。

それは、「故郷」です。

故郷に帰る。

自分の家が見えてくる。家の周りの風景も見えてくる。緑の山、青い空。庭には花が咲いていて、実のなる樹木は花を咲かせ、出迎えの家族はきれいな衣装と化粧に身をまとい、自分を迎えてくれる。

家族の笑顔、楽しい会話、部屋の中の賑やかな様子、色とりどりの食材を使った美味しそうな食卓・・・。そこには、いろいろな色が散りばめられて、活き活きとしています。

そのような色が見えてきたとき、

目の前の月明かりによる白い霜は、

ただ白く映るばかりで、よけにその白さが寂しく思えてきます。

だから「頭を低れて故郷を思う」は、より一層強く心に染みこんでいくのです。

故郷はいつまでたっても、どんなに遠く離れていても、大切な宝物。

その心象風景は、一人一人の胸の中にそっといつまでもあり続けて、時々心に語りかけてくる、誰の心にもある ”心の拠り所” なのですね。

大切に、いつも心に、抱きしめていましょう。

李白の〔静夜の思い〕を、色彩という視点から読んでみました。

このように、詩には「色」を追ってみる、「色が引き出す効果」を探ってみる・・・という読み方もあります。

いろいろな視点、いろいろな視座から、詩を楽しんでみて下さい。今よりも、世界がグーンと広がっていくと思います。

【教科書で学んだ懐かしい詩歌】の総合目次は、以下にございます。

ご一読いただければ、幸いです。

「教科書で学んだ懐かしい詩歌」

読んでくださり、ありがとうございました。

明日もいい日でありますように。