与謝野晶子「君死にたまふこと勿れ」は、中島みゆき「時代」によく合う/七五調の魅力/詩の鑑賞方法を探る


詩の鑑賞方法を探る

私の手元に「教科書でおぼえた名詩」という文庫本があります。

私は、中学生の時、学校の授業で短歌に出会い、そこから詩歌の世界を知るに至りました。それ以来「詩歌っていいなあ~」という漠然とした思いを抱き続けてきました。そして、脳裏に根強く残っているその思いが、数年前にたまたま本屋で見つけたこの本を私の手に取らせました。

(筆者撮影/発行:㈱文藝春秋、2008年 第7刷)

この本の冒頭に、島崎藤村の言葉が載っています。この言葉は私にとって、とても印象的な言葉でありました。そして、この言葉が私に、再度詩歌への取り組みを働きかけるモチベーションとなったのです。

(筆者撮影/下線等は筆者)

<以下、引用/上記画像の写し。改行は筆者>

すぐれた人の書いた文章は、それを黙読翫味するばかりでなく、

ときには心ゆくばかり声をあげて読んでみたい。

われわれはあまりに黙読になれすぎた。

文章を音読することは、愛なくてはかなわぬことだ。

<以上、引用おわり>

ここで述べられている「愛なくてはかなわぬことだ」の「愛」とは、どのようなものなのでしょうか。それはきっと、一人ひとりの心の内にあって、言葉で簡単に言い表すことはできないものだと思います。おそらく、それはそれで、あえて言葉にする必要はないと思います。

ただ「声をあげて読んでみたい」には、私もそう思っています。

なぜなら・・・、

人は五感を持って生きていて、生まれてくる感情も行動の根拠も、全て五感にインプットされた情報が元になってるからです。

つまり、五感から得られた情報のインプットは、その人の持つ知識と経験と想像力によって様々な感情や思考や行動になってアウトプットされていきます。それが表象です。なので、視覚情報に、自分で読んだ自分の内耳に伝わる聴覚による刺激が加わることによって、言葉はさらに生き生きと語り始める感覚を得ることができるだろうと、私は思っているからです。

かとうあきら

表象〔representation〕:私はこの言葉を実演販売の仕事で学びました。お客様に「欲しいという感情(アウトプット)」を持って頂くためには、どのようなインプット(セールス)が相応しいのか?」という理解の仕方です。

かとうあきら

黙読という視覚情報に、音読という聴覚情報も同時に取り込む。これによって、より豊かな理解と、より深い感慨(アウトプット)が生まれます。

なので、私は、詩を鑑賞するとき、できるだけ声を上げて読んでいるのです。

その場合、鑑賞を放棄してしまえばいいのでしょうか・・・。その詩を分かろうとして、何か努力をしてみる手立てはないものでしょうか・・・。

2分49秒と短いです。是非最期までご視聴いただけますよう、お願いいたします。

詩の鑑賞方法を探る:事例1

島崎藤村の「初恋」にメロディーを付けて歌ってみました。私の詩の鑑賞方法です。/”かとうあきらトークチャンネル” より

与謝野晶子さん「君死にたまふこと勿れ」鑑賞の工夫

「教科書でおぼえた名詩」には、与謝野晶子さんの「君死にたまふこと勿れ」も載っていました。

私は、この詩にもメロディーをつけてみました。でも、なかなかいいメロディーが浮かびません。そんなとき、たまたま聴いていた中島みゆきさんの「時代」のメロディーを合わせてみたら、これはびっくり! とってもよく合うのです。

その秘密は、七五調にありました。

七五調の音調は、なんて美しいのでしょうか

ここにご紹介いたします。

11:23秒あります。七五の音調の鑑賞だけでなく、詩の鑑賞そのものだけでなく、歴史的側面にも言及しております。なので、是非最期までご視聴いただけますよう、お願いいたします。

詩の鑑賞方法を探る:事例2

与謝野晶子さんの「君死にたまふこと勿れ」を、中島みゆきさんの「時代」のメロディで歌ってみました/”かとうあきらトークチャンネル” より

「詩にメロディーを付けて歌う」これが私の、詩の鑑賞方法です。この方法で、詩を心ゆくまで味わい、楽しむことができるのです。

みなさんも、お試しくださいませ。

なお、五七五七七という音調の短歌の世界については、代表的なものに百人一首があります。百人一首についても、記事にしておりますので、是非一度、お立ちよりくださいませ。

百人一首/意訳で楽しむ/恋、人生・世の中、季節・花、名月など

かとうあきら

教科書で学んだ懐かしい詩歌

読んでいただき、またご視聴くださり、ありがとうございました。