※この頁では老人ホームでの出来事を、そこで働いている介護士が口語自由詩にてお伝えしています。
【車止めで一息 90】
認知症のあなた/無情

(画像はイメージです/出典:photoAC)

老人ホームで暮らす、お婆ちゃんお爺ちゃんのこと、
気になりませんか?
少しだけでもいいので気にしてみて下さい。
そこには、人生最期の自分の姿…があるかもしれません。

この作品は前回の「認知症のあなた/哀切」と同じテーマ、同じ視点、同じ構成で書いております。
「ごはん、まだですか?」という訴えを入れました。
ご飯を食べたのに「ごはん、まだですか?」という発言は認知症の方にとても多く、認知症の記憶障害を象徴している文言です。
そして、認知症がさらに進むと言語障害が顕在化してきます。
ひとつの特徴は、言葉数がとても少なくなることです。場合によっては何も喋らなくなります。私の父がそうでした。
また、喋っているのに何を話しているのか分からない・・言葉にならない言葉を発する場合もあります。
両者ともに言葉はほとんど通じなくなります。なぜなら同時に、記憶障害、見当識障害、失行失認などの症状も重なっているからです。コミュニケーションには非言語メッセージも併せて駆使しますが、対応には苦慮します。
*
この作品では、まだ言語障害には至っていないけれども、認知症が進んでしまったあなた様を介護士である私が嘆いているところを描写しました。
でも実際の介護現場では、嘆いてばかりではいられません。介助しなければいけないからです。なによりも私は介護士なのですから。
でも私は、介護の現場にいて思うのです。
嘆くという心理はたとえ介護士であろうとも、”いい介護”に至る心理過程において必要ではないかな…と。
その理由は本文の後の「詩境」に書きました。
【 認知症のあなた/無情 】
車止めで一息 90
認知症のあなた/無情
あなたはそこにいるのに、
あなたはそこにいない。
あなたは何万光年彼方の遠い人。
あなたの嬉しそうに話してくれた、
あなたの懐かしい思い出、
あなたの慕わしい追憶。・・でも、
今のあなたはもう知らない、もう分からない。
あなたの心にあるのは今だけ。
あなたの心には過去も未来もない。
あなたの心は今欲していることに一直線。
今も、さっき食べたばかり・・なのに、
「ごはん、まだですか?」
あなたはそこにいるのに、
あなたはそこにいない。
病状が進む前の笑顔のあなたが懐かしい。
あの頃のあなたを連れ戻したい・・でも、
あなたはそこにいるのに、
あなたはそこにいない。
見えているのに見えない遠い人。
あなたはそこにいるのに、
あなたはそこにいない。
あなたは何万光年彼方の遠い人。
もしもあなたの魂を抱きしめたら、
あなたはあなたに戻ってくれるのでしょうか。
ならば、今すぐ抱きしめたい。
でも、魂さえも浮遊していて、
つかみどころのない・・あなたさま。

(画像はイメージです/出典:photoAC)
【 詩 境 】
詩 境
この作品は、身近な人の認知症の症状が進んでしまったことを嘆いている、周囲の者の心情を描写しています。
でも、私は介護士ですから、嘆いているばかりではいられません。
自宅で介護されている方も同じように思われるのではないでしょうか。私が介護士になる前、私が認知症の父をまだ自宅で看ていた頃のことを思い出して、そう思います。
でも、私は思います。
「嘆く」という心理過程を経ておかないと、介護が”愛情の不足した機械的な行為”に陥ってしまうような気がします。これは、私だけの思いなのでしょうか。介護の教科書にそのようなことは書かれていません。
そのようなことは書かれていませんが、私は思います。
:私は、十分に嘆いておきたい。
:そして認知症と向き合っていきたい、
:そうすれば、より一層愛情を込めて介助できると思うから。
そのような思いで、この詩作品を書きました。
*
世間には介護現場を描いたエッセイやドキュメンタリーがあります。それらを読むと、苦労/忍耐/体力/暴言/虐待/汚物…などの言葉が沢山使われています。ウワーッ!介護ってこんなに大変なんだ!って思います。
実際「クソまみれになってオムツ交換をおこなった」なんていうことは、たいていの介護士が一度は経験しているようです。(私の経験から、そのようなことは油断している時、初動ミスがあった時に起きやすいです。詳細は省略)
でも、考えてみてください。
介護は「人様」に関わる行為です。
その「人様」は「自分の親」でもあり「自分の愛する人」でもあり、そして「明日の自分」でもあるのです。
そう思えば、大変なんて言っていられません。
それに、人間の心理として、大変なことを大変だと思ったら、さらに大変になってしまいます。
ならば、どのような心構えで、介護にあたったらよいのでしょうか・・?
大事なのは、我がことのように思うこと。
そしてさらに、
介護者としての使命と責務を全うするだけでなく、
相手様に真摯に自然に寄り添える愛情が必要だと思います。
そのためには、
そこへ至る心理の過程において、最初に嘆くことも、また必要だと思うのです。
そのようなことを思いながら、この詩作品を書きました。

(イラストはイメージです/出典:photoAC)
【今までの作品一覧】
以下にございます。
”介護の詩/老人ホームで暮らす高齢者の様子/「車止めで一息」/詩境”
明日の自分が、そこにいるかもしれません。