介護の詩/お風呂電車/老人ホームでの息遣いと命の灯27/詩境


【車止めで一息】

お風呂電車

老人ホームで暮らしている、お爺ちゃん、お婆ちゃんのこと、気になりませんか? 

長年携わった仕事や趣味などの記憶は、他の記憶を押しのけて脳裏にへばり付くようです。へばり付いた記憶は、認知症の方とのコミュニケーションに活かせます。

私は、介護士として、老人ホームで働いています。

そして、人々が老いていく様子のその中に、様々な人生模様を見る機会を頂いております。

介護/老人ホーム

私は、そこで見て感じた様々な人生模様を、より多くの人たちに伝えたいと思いました。

なぜなら、「老人ホームではこんなことが起きているんだ」と知ることによって、介護に対する理解が深まり、さらに人生という時間軸への深慮遠謀を深める手助けになるだろうと思ったからです。

それは、おせっかいなことかもしれません。でも、老後の生き方を考える”ヒント”になるかもしれないのです。

伝える方法は、詩という文芸手段を使いました。

詩の形式は、口語自由詩。タイトルは「車止めで一息」です。これは将来的に詩集に編纂する時のタイトルを想定しています。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

高齢者の、老人ホームでの息遣いと命の灯を、ご一読いただければ、幸いでございます。

【車止めで一息】

車止めで一息27

お風呂電車

鉄道が好きだった。

何年もかけて全国の電車や列車に乗った。

鉄道はこびりついた記憶になり、

他の全ての記憶を覆い隠した。

鉄道雑誌は欠かせなかった。

日がな一日鉄道雑誌を眺めていた。

鉄道を思うことが日課となり、

他の全ての日常は深い何処かへ潜っていった。

「〇〇さん、お風呂の時間ですよ」

鉄道好きな貴方様には関係のないことだった。

貴方様は、

鉄道雑誌を広げたダイニングテーブルにへばりつき、

へばりついた記憶の中で首を横に振り、

そして笑っていた。

貴方様の表情は無垢。

腹が減ればご飯は食べるけれども、

貴方様の欲求に入浴は無い。

欲求が無いのだから、する必要はない。

入浴の理屈は記憶の底に潜っている。

鉄道雑誌を眺めていた方が楽しいに決まっている。

だから、言ってさしあげた。

「〇〇様、お風呂電車が一番線に到着いたしました」

顔が鉄道雑誌から上がる貴方様。

「私は車掌です。お風呂電車にご案内いたします」

微笑んで立ち上がる貴方様。

「えっ? どこ?どこ?」

バスタブにつかれば、目の前には富士山に三保の松原。

「いい景色でしょう!」

「うん、いいね。ここ、行ったことがあるよ」

話がはずむ笑顔の貴方様。

貴方様の、心はさっぱり、身はきれいになった。

鉄道好きな貴方様には、

今日もお風呂電車を用意する。

「うん? 来たの? じゃあ、行こう」・・すっと、立ち上がる貴方様。

いつの間にか、貴方様は覚えてくれた。

認知症なのに。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

あきら

老人ホームの入居者様が介護を拒否する場面があります。多いのは入浴拒否です。そして、もしも入浴拒否を許すと以下のような問題が生じます。

①その方の身体の清潔を保てない。保てないから皮膚疾患などリスクが高くなる。

②介護を実施しないことで、施設側は介護費用を請求できない、収入減となる。

そしてさらに、こんな問題も生じます。

③担当スタッフは、与えられた職責を果たそうと必死になる。なんとしてでも入浴させようとする。つまり、自分の言う通りにしてもらわないと困ると思う・・でも拒否される→力づくで従わせようとする→虐待の芽が生まれます。

お風呂に入りたくない、そういう時ってありますよね。でも、介助が必要な方について、施設での入浴は、決められた曜日の決められた時間に定められています。

その時の介助スタッフは、入浴介助が仕事ですから、職責を果たそうとして、あれこれ工夫を凝らします。特に相手様が認知症の方の場合、その工夫には方便が飛び交います。

以前、ネットの記事で、こんな内容を読んだことがあります。

入浴介助を拒否するお爺ちゃんに「天皇の命令です」と伝えたら、入浴を拒否さなくなった・・という内容です。

この詩の状況は、まさしくそれと同じなのです。

認知症になっても、脳裏にへばりついている記憶が存在する場合があります。それを探り当て、コミュニケーションに活用することで介助が上手くいく場合があります。

そして、コミュニケーションテクニックは、ペーシングです。

相手様の思っているであろうことに共感し、話を合わせるのです。その時、話の内容だけでなく、オーム返し(バックトラッキング)を使った表現の真似、動作や口調のテンポも合わせていきます。そして、必要に応じて「方便」を使います。(「嘘も方便」=いい結果につながるのなら許される嘘)

私が介護士として働いている施設は「住宅型介護付有料老人ホーム」です。

自立の方、要支援1~2の方、要介護1~5の方が住まわれており、ターミナルケア(終末期の医療及び介護)も行っている施設です。

【参考】

介護の詩/車止めで一息/老人ホームでの息遣いと命の灯

読んでくださり、ありがとうございます。