介護の詩/Yesterday/老人ホームでの息遣いと命の灯33/詩境


【車止めで一息】

Yesterday

老人ホームで暮らしている、お爺ちゃん、お婆ちゃんのこと、気になりませんか? 

認知症の方が、ふと我に帰ったような表情を見せる、その一瞬….私の脳裏にはビートルズのYesterday♪~が流れます。私は、あなた様の思い出に思いをはせます。

私は、介護士として、老人ホームで働いています。

そして、年老いた人がこの世を去っていく、その様子の中に、様々な人生模様を見る機会を頂いております。

介護/老人ホーム

私は、そこで見て感じた様々な人生模様を、より多くの人たちに伝えたいと思いました。

なぜなら、「老人ホームではこんなことが起きているんだ」と知ることによって、介護に対する理解が深まり、さらに人生という時間軸への深慮遠謀を深める手助けになるだろうと思ったからです。

それは、おせっかいなことかもしれません。でも、老後の生き方を考える”ヒント”になるかもしれないのです。

伝える方法は、詩という文芸手段を使いました。

詩の形式は、口語自由詩。タイトルは「車止めで一息」です。これは将来的に詩集に編纂する時のタイトルを想定しています。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

高齢者の、老人ホームでの息遣いと命の灯を、ご一読いただければ、幸いでございます。

【車止めで一息】

〔口語自由詩〕

車止めで一息33

Yesterday

貴方様は、ベランダで発見された。

五軒隣の、ベランダで発見された。

両腕をベランダの手すりに伸ばして、

悠然と景色を眺めているところを、発見された。

その時、

貴方様は、

Yesterday・・・

貴方様は、何処にもいなかった。

開けっ放しの窓には、レースのカーテンが揺れていた。

ベランダから落ちたのか! 脱走したのか?

いいや、貴方様は隣のベランダを超えていたのだ。

その時、

貴方様は、

Yesterday・・・

貴方様は、隣のベランダを超えた。

そしてその隣も、そのまた隣も、超えていった。

たどり着いたのは、端にある角部屋のベランダだった。

そこで貴方様は、貴方様の視覚を震わせる景色を見つけた。

その時、

貴方様は、

Yesterday・・・

貴方様は、腕のいい大工だった。

優れた腕をひっさげて全国各地で活躍、沢山の家を建てた。

ベランダの、幅八センチの手すりに足を掛け、

ベランダの、防火用仕切りを跨ぐことは朝飯前だった。

その時、

貴方様は、

Yesterday・・・

欲求は、自分が自分らしくいることを望んだ。

自分が自分らしくいることに、人は誰しも心地よい。

貴方様の自分らしさは、大工でいることだった。

それは、認知症になってからも同じだった。

大工に戻ったその時、

貴方様は、

Today is best・・・

ベランダから落ちる? そんな拙い大工ではなかった。

脱走? それは管理者側の云わば偏見だった。

自分らしくいることができないのなら、自分らしさを探そう。

貴方様の欲求は、貴方様の源流を支配した。

その時、

貴方様は、

Yesterday・・・

ホームは大騒ぎ、大問題となった。

「ご利用者様の安全確保は老人ホームの責務です」

貴方様の部屋の窓には鍵が二重に掛けられた。

そして、

貴方様は、

自分らしさを手に入れる術を、

失ってしまった。

その時、

貴方様は、

Once upon a time・・・

画像はイメージです/出典:photoAC)

あきら

おそらく、仕事でも趣味でも、何かに一生懸命になればなるほど、その何かは心身に沁みつき、心だけでない身体の記憶としても残るのでしょう。

この方の場合は、仕事でした。腕のいい大工さんだったのです。建築現場、高所での作業、経験豊富だったようです。

窓を開けてベランダに出て、隣のベランダも超えていった貴方様。仕事のつもりだったのかもしれません。仕事中にいい景色を探すことを常としていたのかもしれません。

私は、この事件が起きた時(事件=管理するホーム側の認識)、この方の心の中は、きっと、あのビートルズのYesterdayの冒頭・・「♪Yesterday♪~」と歌い始める時の「過去への感慨」と同じような感覚・・で、いっぱいだったのだと、感じました。

その心を分かって差し上げたい・・・そう思いました。

でも、ホームの管理者は、この方の部屋の窓に二重ロックを施しました。それが、同じことを二度起こさないという対策だったのです。その方の心の事情は加味されませんでした。

私が介護士として働いている施設は「住宅型介護付有料老人ホーム」です。

自立の方、要支援1~2の方、要介護1~5の方が住まわれており、ターミナルケア(終末期の医療及び介護)も行っている施設です。

【参考】

介護の詩/車止めで一息/老人ホームでの息遣いと命の灯

読んでくださり、ありがとうございます。