【車止めで一息】
浮世の馬鹿は起きて働く

老人ホームで暮らしている、お婆ちゃん、お爺ちゃんのこと、気になりませんか?

認知症の貴女様、「浮き世の馬鹿は起きて働く」を教えてくださり、ありがとうございます。
私は、老人ホームで介護士として働いています。
そして、人々が老いていく様子のその中に、様々な人生模様を見る機会をいただいております。
介護/老人ホーム
私は、そこで見て感じた様々な人生模様を、より多くの人たちに伝えたいと思いました。
なぜなら、「老人ホームではこんなことが起きているんだ」と知ることによって、介護に対する理解が深まり、さらに人生という時間軸への深慮遠謀を深める手助けになるだろうと思ったからです。
それは、おせっかいなことかもしれません。でも、老後の生き方を考える”ヒント”になるかもしれないのです。
伝える方法は、詩という文芸手段を使いました。
詩の形式は、口語自由詩。タイトルは「車止めで一息」です。これは将来的に詩集に編纂する時のタイトルを想定しています。

(画像はイメージです/出典:photoAC)
高齢者の、老人ホームでの息遣いと命の灯を、ご一読いただければ、幸いでございます。
【車止めで一息】
車止めで一息 10
浮世の馬鹿は起きて働く
パジャマの上にセーター。
パジャマの上にズボン。
とても便利だ。
寝る時はセーターとズボンを脱げばいい。
着替えなくていいのだ。
もうすぐ朝ごはん。
ダイニングルームに座るけれども、
また眠たくなって、
両手を重ねた枕の上に頭を載せて眠りについた。
学生の頃、授業中にこの格好で眠っていた私。
先生の声が遠くから私を呼ぶ夢の中。
頭を上げると・・・先生ではなかった。
「〇〇さん、すぐに朝ごはんですよ、起きてください」
「〇〇さん、またパジャマの上に着ているんですね」
「〇〇さん、着替えましょう。着替えてから、朝ご飯にしましょう」
この人は、
私に服を着させて、ご飯を出して、働いているらしい。
この人は、
少し優しい・・・でも、本当を分かっていない。
私は、服を着て、朝ご飯を食べにきたのだ。
テーブルに突っ伏して眠っていたのは、眠たかったからだ。
眠たいときに眠る、なんて気持ちのいいことだろう。
なのに、この人は、
私から気持ちのいいことを取り上げて、
自分の何かの欲のために働いている。
だから、私は言ってやった。
「寝るより楽はなかりけり。浮世の馬鹿は起きて働く」

〔画像はイメージです/出典:photoAC〕
詩境

この方、身体はしっかりしているのですが、認知症はかなり進んでいました。部屋のごみ箱にはご自身の便があったり、裸のまま廊下を歩いたりすることもありました。
私が、廃棄する汚れたパッドやリハパンをゴミ袋に入れてその口を縛ったり、脱ぎ散らかしてある衣類を畳んだり、この方の部屋でこの方を介助しながらいろいろ動き回っているのを、この方はじっと見ていました。
そして、ある日のことでした。
この方は、私に向かって言ったのです。
「寝るより楽はなかりけり、浮世の馬鹿は起きて働く」
そして、ケラケラケらと笑いました。
この詩は、その事実を軸として、この方との朝食時の一コマを、この方の視座に立ったつもりで、この方の心の中を泳ぐつもりで書きました。
*
〔認知症の方とのコミュニケーション/介護施設の役割〕
たとえ認知症になろうとも、その人にはその人の世界があり、視界の中に広がる外部の世界に対して、その人なりの思うところがあるのです。
そしてその世界を、その人の言葉とその人の視点でわかってさしあげることが・・たとえ分からなくても分かろうとする姿勢と努力が・・、認知症の方とのコミュニケーションを円滑にしていく原動力となります。
ただ、家庭でそれを継続することは、大変難しいことだと思います。一日中一年365日のことなのですから、介助者の心身は疲れ果ててしまうでしょう。
でも、施設ではスタッフが交代します。ひとりの介助者に負担が集中しないのです。だから、認知症の方とのコミュニケーションの継続努力にも取り組めるのです。
そういう意味でも介護施設の存在意義はありがたいものだと思います。
私が介護士として働いている施設は「住宅型介護付有料老人ホーム」です。
自立の方、要支援1~2の方、要介護1~5の方が住まわれており、看取りも行っている施設です。
【作品一覧】
ご一読いただけましたら、幸いでございます。
介護の詩/老人ホームで暮らす高齢者の様子「車止めで一息」/詩境
読んでくださり、ありがとうございます。