介護の詩/「もう、いいの、ありがとう」/老人ホームでの息遣いと命の灯12/詩境


【車止めで一息】

もう、いいの、ありがとう

老人ホームで暮らしている、お爺ちゃん、お婆ちゃんのこと、気になりませんか? 

私は、老人ホームで介護士として働いています。

そして、人々が老いていく様子のその中に、様々な人生模様を見る機会をいただいております。

介護/老人ホーム

私は、そこで見て感じた様々な人生模様を、より多くの人たちに伝えたいと思いました。

なぜなら、「老人ホームではこんなことが起きているんだ」と知ることによって、介護に対する理解が深まり、さらに人生という時間軸への深慮遠謀を深める手助けになるだろうと思ったからです。

それは、おせっかいなことかもしれません。でも、老後の生き方を考える”ヒント”になるかもしれないのです。

伝える方法は、詩という文芸手段を使いました。

詩の形式は、口語自由詩。タイトルは「車止めで一息」です。これは将来的に詩集に編纂する時のタイトルを想定しています。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

高齢者の、老人ホームでの息遣いと命の灯を、ご一読いただければ、幸いでございます。

【車止めで一息】

車止めで一息 12

もう、いいのありがとう

「おはようございます! 〇〇子さん!」

返事は無い・・・

目は閉じたまま、

胸はゆっくり上下していた。

顔には、

細工されたかのような網目模様の皺。

疲れて淀んでいる、

褐色の皮膚一枚。

口元は、

まるで絞った巾着の口。

・・・長い時間、おつかれさまです、と私は心の中で呟いた。

「下着を交換させてくださいね」

パジャマを脱がされ、

オムツを開けられるあなた様。

尿臭が鼻を突く。

尿で重く厚ぼったくなった吸水パッド。

順調な排泄は安心の印。

・・・今日もちゃんと食事してほしい。

陰部洗浄中も、

静かに上下する胸部。

真新しいパッドをあててオムツを閉じる。

靴下に足を入れ、脚をズボンに通す。

あなた様の目は閉じたまま。

眠ったままのあなた様。

・・・今日は調子よくないのかな。

なのに、

腰が浮いた、ズボンを上げるそのときに。

えっ?

あなた様は、力を入れて、腰を上げてくれた。

「ありがとうございます! 〇〇子さん!」

・・・今日も大丈夫そうだ、よかったぁ・・

そして、

車椅子への移乗準備を始めた、その時に、

あなた様の声がした。

「もう、してくれなくて、いいのよ。ありがとうね」

あなた様は、力を入れて首を持ち上げ、薄目を開き、

わたしを見て、しゃがれた声で、はっきりと言った。

「もう、してくれなくても、いいの。ほんとうに、いいのよ。ありがとうね」

わずかに開いた両目からは涙があふれてきて、

その目はみるみるうちに充血していった。

「もう、いいの。ありがとうね」

それは、

あなた様が見せた、最初のあきらめだった。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

あきら

これは、モーニングケアの時のことでした。

私は、この方の諦念を見たような気がします。

諦念は観念ですが、見たり聴いたり感じたりすることができるものなのですね。

「もう、いいのよ、ありがとうね」そのときの、その言葉は、今も私の心に残っています。

「そんなこと、言わないで!」と返すこともできたのですが、私は「寄り添う」ことが大事だと思いました。

私が介護士として働いている施設は「住宅型介護付有料老人ホーム」です。

自立の方、要支援1~2の方、要介護1~5の方が住まわれており、ターミナルケア(終末期の医療及び介護)も行っている施設です。

【参考】

★【前回公開した詩】「掌の上」

介護の詩/「掌の上」/老人ホームでの息遣いと命の灯11/詩境

介護の詩/「孤独」/老人ホームでの息遣いと命の灯13/詩境

介護の詩/「車止めで一息」/老人ホームでの息遣いと命の灯

読んでくださり、ありがとうございます。