【車止めで一息】
炎のランナー

老人ホームで暮らしている、お爺ちゃん、お婆ちゃんのこと、気になりませんか?

年老いてもなお、若かった頃の姿を彷彿とさせれくれる方がいらっしゃいます。その方の昔は陸上短距離選手。九十五才になった今も、貴方様は、まるで”炎のランナー”のようでした。
私は、介護士として、老人ホームで働いています。
そして、年老いた人がこの世を去っていく、その様子の中に、様々な人生模様を見る機会を頂いております。
介護/老人ホーム
私は、そこで見て感じた様々な人生模様を、より多くの人たちに伝えたいと思いました。
なぜなら、「老人ホームではこんなことが起きているんだ」と知ることによって、介護に対する理解が深まり、さらに人生という時間軸への深慮遠謀を深める手助けになるだろうと思ったからです。
それは、おせっかいなことかもしれません。でも、”老後の生き方を考えるヒント” になるかもしれないのです。
伝える方法は、詩という文芸手段を使いました。
詩の形式は、口語自由詩。タイトルは「車止めで一息」です。これは将来的に詩集に編纂する時のタイトルを想定しています。
(画像はイメージです/出典:photoAC)

高齢者の、老人ホームでの息遣いと命の灯を、ご一読いただければ、幸いでございます。
【車止めで一息】
〔口語自由詩〕
車止めで一息51
炎のランナー
「〇〇様、お昼ですよ、お昼ごはんにしましょう」
貴方様はベッドからゆっくり一人で立ち上がった。
ゆっくり、そろそろ、立ち上がった。
立ち上がった・・・なのに、
貴方様の顔はそこに無い。
座っていても立っていても前傾姿勢。
二つ折れの貴方様。
貴方様は首だけ起こして前を見た。
じろり、まっすぐ、前を見た。
前を見た・・・そして、
今も鋭敏な黒目を一瞬輝かせた。
九十五才になり腰は曲がり二つ折れになっていても、
しっかり前を向く貴方様。
もしも、
両腕を”く”の字に曲げて、
身体の脇に添えて両手を広げれば、
貴方様は、
スタートの合図を待つ、
炎のランナーだ。
もしも、
ランニングシャツに短パン、
ランニングシューズを履けば、
貴方様は、
ゴールを目指す、
炎のランナーだ。
貴方様の、
今もなお煌めくその黒目は、
チェストの上の、
モノクロ写真の貴方様と同じだった。
それは、今は昔のこと。
艶々した小麦色の肌が、
躍動する筋肉の活躍を待っている。
目指すゴールは掴む勲章金メダル。
貴方様は、
それから七十余年。
・・・・・
今朝、
袖から出た皮膚は、
皺くちゃ薄皮茶褐色。
中空に浮いた両手両腕が、
身体のバランスをかろうじてとっている。
伸ばす先には、
右のハンドル、左のハンドル。
青黒いにょろにょろが浮き出た両手で掴む、
それは、
今は頼らざるを得えない文明の利器。
貴方様を支える四輪駆動。
前輪自在の四輪サスペンション。
駆動力は、
ハンドルにかけた体重四十五キログラム・・・そして、
生きようとする意志の力。
・・・・・
そろり そろそろ そろそろり・・・
じわり じわじわ じわじわり・・・
秒速三十センチメートルの四輪駆動。
肉体と意志がエンジンの四輪駆動。
目指すゴールは、
ダイニングルーム昼の飯。
・・・・・
「もう、お昼? さっき食べたばかりなのに」
「時間が経つのは、あっという間ですね」
「うん・・・人生も、あっという間さ」
貴方様は、穏やかに、笑った。
その笑顔が物語っている。
・・・・・
貴方様はその人生を、
炎のランナーのように、
あっという間に駆け抜けてきたに違いない。
清々しい笑顔。
貴方様は、
胸を張って人生を駆け抜ける、
炎のランナーだ。
画像はイメージです/出典:photoAC)

詩境

貴方様はベッドからゆっくり立ち上がり、そして首を起こして前を見ました。その時、私はチェストの上の若かりし頃の貴方様の写真に目をやりました。
同じだ….フォトフレームの中の貴方様だ。
私の頭の中には、炎のランナーの、あの印象的な音楽♪が流れだしました。
人生という長い時間軸を、貴方様はきっと炎のランナーのように駆け抜けてきたに違いない。そして今、歩行器を使っているけれども、しっかりと前を向いて目的へ向かって進んでいる・・・ああ、貴方様は炎のランナーだ!
私は、そのとき受けた感慨を、言葉にしてみました。
・1981年イギリス製作の映画。
・1924年パリオリンピックに出場した二人の若者の実話を映画化したもの。
・BGM 炎のランナー・・・YouTubeから、映像と一緒にどうぞ。この曲は勇気を奮い立たせてくれるような気がします。
私が介護士として働いている施設は「住宅型介護付有料老人ホーム」です。
自立の方、要支援1~2の方、要介護1~5の方、各々が住まわれており、ターミナルケア(終末期の医療及び介護)も行っている施設です。
【参考】

以下は、作品一覧です:ご一読頂けましたら幸いです。
読んでくださり、ありがとうございます。