介護の詩/「孤独」/老人ホームでの息遣いと命の灯13/詩境


【車止めで一息】

孤独

老人ホームで暮らしている、お爺ちゃん、お婆ちゃんのこと、気になりませんか? 

人には、その人にしか分からない世界があり、そこでは孤独です。それでも寄り添っていくのが介護の仕事です。

私は、老人ホームで介護士として働いています。

そして、人々が老いて、不帰の人となっていく様子のその中に、様々な人生模様を見る機会をいただいております。

介護/老人ホーム

私は、そこで見て感じた様々な人生模様を、より多くの人たちに伝えたいと思いました。

なぜなら、「老人ホームではこんなことが起きているんだ」と知ることによって、介護に対する理解が深まり、さらに人生という時間軸への深慮遠謀を深める手助けになるだろうと思ったからです。

それは、おせっかいなことかもしれません。でも、老後の生き方を考える”ヒント”になるかもしれないのです。

伝える方法は、詩という文芸手段を使いました。

詩の形式は、口語自由詩。タイトルは「車止めで一息」です。これは将来的に詩集に編纂する時のタイトルを想定しています。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

高齢者の、老人ホームでの息遣いと命の灯を、ご一読いただければ、幸いでございます。

【車止めで一息】

車止めで一息 13

孤独

人は人それぞれに

他人にはわからない事情というものを抱えている。

それは本人にしかわからない、

とても孤独な世界だ。

その人は貴女様の夫。

その人はフォトフレームの中、いつもチェストの上。

禿げた頭に銀縁メガネ、シミのある頬。

その静粛なポートレートは、

静かに黙って貴女様を見守っていた。

見守っていた・・なのに、今朝。

その人は、貴女様の左の手の掌の上にいて、

その人は、貴女様に殴られていた。

貴女様は、右手でテレビのリモコンをわしづかみ。

貴女様は、そのポートレートにリモコンを振り下ろしていた。

八方に走る割れたガラスの不規則なジグザクは、

冷たくて、触れれば痛い敏感に震える心のヒビだ。

それは貴女様の、

無限に広がる混沌困惑狼狽の印。

「この人を、やっつけていたの」

・・・長年連れ添ったご主人でしょう?

「悪さばかりして、わたしを苦しめたんですよ」

・・・そうなんですね。でも、怪我しますよ。

「この世に戻ってきたんです。だから、今がチャンスなんです」

・・・戻ってきたんですか?

「そうよ、ゴルフをして、居酒屋にも行って、女にも会ったわ」

・・・五年前にお亡くなりになったはずですけれども。

「あの世から時々戻ってきて、わたしを苦しめるのよ」

人は人それぞれに、

他人にはわからない事情を抱えている。

それは本人にしか分からない、

とても孤独な世界だ。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

あきら

人には、その人にしか分からない世界が心の中にあります。そして、それは、他の誰にも理解されない、ましてや共感などされない、孤独な世界なのです。

でも、介護では、その人のQOLを高めて、その人が生き生きとした老後を送れるように「寄り添う」ことが大事です。高齢者様に孤独を感じさせることは、できるだけ遠ざなければいけません。

そんなわけですから、この詩のような状況は、とても困ります。共感をして一緒に、ご主人のポートレートを傷つけるわけにはいかないのです。

なので、その場は取り繕うにしても、普段からコミュニケーションに注意を払い、信頼されるスタッフとなって、相手様の心を解きほぐして、相手様の孤独な世界に少しでも足を踏み入れることが求められます

それを知ってほしくて、この事件に出くわした時、この空気感を言葉にして伝えたいと、ずっと思っていました。それが、この作品です。

詩に書かれた事柄は、もちろんノンフィクションです。

私が介護士として働いている施設は「住宅型介護付有料老人ホーム」です。

自立の方、要支援1~2の方、要介護1~5の方が住まわれており、ターミナルケア(終末期の医療及び介護)も行っている施設です。

【参考】

★【前回公開した詩】「もう、いいの」

介護の詩/「もう、いいの、ありがとう」/老人ホームでの息遣いと命の灯12/詩境

介護の詩/「車止めで一息」/老人ホームでの息遣いと命の灯

読んでくださり、ありがとうございます。