介護の詩|老人ホームの様子|後期高齢者の延長戦②|将棋:穴熊作戦


【車止めで一息74】

後期高齢者の延長戦②

〔将棋:穴熊作戦〕

(画像はイメージです/出典:photoAC)

老人ホームで暮らす、お爺ちゃんお婆ちゃんのこと、気になりませんか? 

ちょっと覗いてみて下さい。それは、未来の自分の姿…かもしれません。

ここで私が言葉にした”後期高齢者の延長戦”とは、後期高齢者の方が人生最終幕の日々を、急激に衰えていく心身と格闘しながら生きている様子のことです。ただの延長線ではなく格闘しているのですから「延長戦」なのです。

プロローグ:後記高齢者の延長戦

人生百年時代という言葉が話題になってから久しいのですが、皆さんは人生百年時代という言葉をどのように捉えていらっしゃるのでしょうか。多くの人が、”自分も100歳まで生きて人生を謳歌できるかもしれない・・”と、なんとなく思っているのではないでしょうか。私が思うに、それは錯覚だと思います。

私が老人ホームという世界で感じていることは、決して人生100年時代を応援するものではありません。私個人的には、人生100年時代を楽しめる人はごくほんの一握りの人たちだけのように思えます。

なぜなら、身体的な衰えが極まってくると”生き続けること自体が辛そう”という状態になる場合が多々あるからです。もちろん、そうでない人も僅かにいらっしゃいますが。

この度は、後期高齢者の方が、そのお元気だった頃を過ぎて死に近づいていく頃の時期を「後期高齢者の延長戦」という言葉で位置づけてみました。

そして、延長戦へ入る前と後の、そこに起きていた出来事を書き綴ってみました。

今回はその2作目です。〔参照〕:前回の作品は以下にございます。

 介護の詩|老人ホームの様子|後期高齢者の延長戦①|映画・モロッコ

(画像はイメージです/出典:photoAC)

【車止めで一息】

車止めで一息74

後期高齢者の延長戦②

   〔将棋:穴熊作戦〕

将棋盤にパチン。

親指と、

伸ばした人差し指で押さえて持ち上げた駒は金。

パチンと響くその高い音は3八金。

 ワオッー しっかりと囲みましたね。ガチガチだ。

 うん、穴熊作戦だ。

貴方様の手はいつも冴えていた。

気が付けば、

貴方様の王将は金銀で囲まれて、

その周りをさらに歩が囲んでいた。

・ ・ ・ ・ ・

王手!

貴方様の静かだけれども力強い声が将棋盤を跳ねた。

 参りました、降参です。

 いつになったら俺に勝つんだい?

貴方様は笑いながらいつも言っていた。

穴熊作戦。

貴方様が教えてくれた。

貴方様の冴えた頭から繰り出された、

それは盤石な作戦だった。

   *

蛇口を開けた。

親指と、

人差し指で掴みジャーッと出る水の下にかざすのは総入れ歯。

口を開けたまま顔を歪めて悪戦苦闘の貴方様。

 〇〇様、それ、下の歯ですよ。上の歯はこっちです。

 そっか、分からなかった。

下の歯を上顎へはめようとしていた貴方様。

気が付けば、

髭を剃っていたT字剃刀は乾いたまま。

できていたことが少しずつ減っていった。

・ ・ ・ ・ ・

お手伝いしましょうか?

トーストにバターを塗り、その上にジャムを重ねたい貴方様。

 やってくれるのかい?

 もちろん。

 うまくできなくなちゃったんだよ、わるいね、ありがとう。

・ ・ ・ ・ ・

その貴方様の食形態が、

今日きざみ食に変更された。

バターにジャムを重ねたトーストはもう食べれない。

さらに食事介助の必要性も模索される。

冴えた頭で繰り出した貴方様の盤石な穴熊作戦は、

もう過去のこと。

今はもう将棋の駒を掴めない。

たとえ手にしても、どこへ置いたらいいのか分からない。

今はもう盤石じゃあない。

後期高齢をとうに過ぎた貴方様。

延長戦が続いている。

穴熊作戦

・正しくは「穴熊囲い(あなぐまかこい)」又は「穴熊」と呼ばれている将棋の戦法です。

・この方は「穴熊作戦」と発声していたので、そのまま「穴熊作戦」と記しました。

・「穴熊作戦(穴熊囲い)」は、以下の画像ように王将を隅に配置して、金や銀などで王将を囲む守りの戦法です。

(穴熊囲いの例/出典:photoAC)

盤石ばんじゃく/以下①②は「明鏡国語辞典/大修館書店」参照。

・①大きな岩 ②きわめて堅固なこと/ここでは勿論②の意味です。

・類義語として以下を上げておきます。

 〔ex〕隙が無い。付け入る隙が無い。鉄壁の。難攻不落の。強固な。無敵の。

総義歯(総入れ歯)の着脱の順番

・原則:装着は、上の歯⇒下の歯。外す時は、下の歯⇒上の歯…という順序で着脱します。

食形態介護食の食事形態のこと。

高齢になると、個人差はありますが、噛む力、咀嚼する力、飲みこむ力が加齢により衰えてきます。そこで「介護食」が必要となります。

適切な食形態を選択することにより、誤嚥による肺炎(誤嚥性肺炎)や誤嚥による窒息のリスクを減らします。また、食べやすくすることによって、栄養の摂取がきちんと行われることにも繋がります。なお、誤嚥は飲食時以外でも唾液によって起こることもあります。

「食形態」というのは介護食における基本四つの形態「きざみ食」「ソフト食」「ミキサー食」「ゼリー食」という分類のことです。(参考:病院の事例/食形態一覧

(画像はミキサー食の例/出典:photoAC)

【 詩 境 】

詩 境

私の介護の仕事の中で、この方とは長いのです。長いといっても約5年ですが。

私が老人ホームに職を得て、ご入居者様と初めて将棋をしたのが、この方です。

その時とてもお元気で、私の老人ホームへの先入観(よぼよぼになった高齢者だらけ)を是正してくれるきっかけになりました。

そのお元気な方が今、ADL(日常生活動作)が落ちて、ターミナルケアへと向かっているのです。

元気な頃の姿を知っているが故に、そしてまた、若い頃の活躍された話もいろいろ聴かせていただいているが故に、「沢山頑張ってきたのですね、おつかれさまです。もう頑張らなくてもいいんですよ」と伝えてあげたい、私の心はそういう感慨に包まれました。

そして、この方との印象的な場面を、言葉にして残しておきたいと思いました。

最後までお読みくださり、ありがとうございます。

(穴熊囲いの例/出典:photoAC)

今までの作品一覧

以下にございます。

介護の詩老人ホームで暮らす高齢者の様子/「車止めで一息」/詩境

明日の自分が、そこにいるかもしれません。

お読みいただければ、幸いでございます。