月を詠んだ恋歌/百人一首59/傾く月/やすらはで寝なましものを
月を素材にして時間の経過を伝え、「待っていても来ない恋人」への失恋の思いをさりげなく伝えている恋歌、百人一首の第59番歌です。内容を探ると、平安時代の男女間の慣習を伝えてくれる歌でもあります。そしてさらに、”恋心に諦観を伴うその時、その恋は既に過去の産物である” ことも教えてくれています。
月を素材にして時間の経過を伝え、「待っていても来ない恋人」への失恋の思いをさりげなく伝えている恋歌、百人一首の第59番歌です。内容を探ると、平安時代の男女間の慣習を伝えてくれる歌でもあります。そしてさらに、”恋心に諦観を伴うその時、その恋は既に過去の産物である” ことも教えてくれています。
百人一首の、夏の夜、夏の月を詠んだ歌です。この歌の作者は枕草子に「夏は夜。月のころはさらなり」と書き綴った清少納言の曾祖父です。清少納言はこの歌を思い出して、もしも「夏の夜」「月」を書けば ”ひいお爺ちゃんが、あの世で喜んでくれるかもしれない" と思ったのかもしれません。もしも~は鑑賞の楽しみを豊かにしてくれます。
秋は、なぜか物悲しくなる季節。百人一首にある「秋の月」を詠んだ歌では「月見れば~悲しけれ」と謡っています。なぜ、秋は物悲しさを感じさせるのでしょうか。そして、物悲しいと詠んだ裏にある本心は・・・どこにあるのでしょうか。ひとつの情景、ひとつの感覚から、いろいろなことを想像してみることが鑑賞を楽しくしてくれます。
時は717年(奈良時代710~794年)。唐では、楊貴妃を愛した玄宗皇帝の時代。遣唐使として唐へ渡った安部仲麻呂がいました。安部仲麻呂は、異国の地で月を眺めながらノスタルジア(望郷・郷愁)に浸ります。「これは、故郷で見た月と同じだ」という感慨。昔日を思うきっかけが、夜空に煌々と輝く月だったのです。
人生、不本意で辛い憂き世であることも多々あります。そんな時でも、夜半の月を見上げて「この月が、辛い今の、懐かしい思い出になるかもしれない。なんとか頑張って乗り切っていこう」・・そのように前を向い詠んだ和歌が、百人一首に収められています。孤独、憂鬱、絶望、悲嘆、無念・・が凝縮された和歌です。
百人一首には源氏物語の作者である紫式部の歌が一首収められていて「夜半の月」を詠んでいます。源氏物語にはその物語に合わせて800首近い和歌を書いている、文才にも和歌の才能にも優れた紫式部の歌です。「夜半の月」をどのように詠んだのでしょうか。和歌をただ解釈するだけではなく、作者の心の有様を推察しながら鑑賞してみました。
「有明の月」と「ほととぎす」を題材にした百人一首の歌です。ほととぎすは、古来より夏の到来を告げる鳥として親しまれていました。ほととぎすの鳴き声を耳にして、顔をその方向へ向けます。でも、そこには有明の月が浮かんでいるだけ。朝の静寂が心を包み込みます。聴覚と視覚と、そしてさらに触覚までも感じさせてくれる、いい歌です。
百人一首より「有明の月」を詠んだ恋歌です。「貴方は来てくれるって言ったのに、季節はもう秋、長月よ。ちっとも来てくれないじゃあない!嘘つき!・・あ~あ、有明の月が出ている。もう朝なのね。今日も来なかった・・、まったく!貴方っていう人は!もう一生来なくていいわよ!」っていうような歌です。
浦島太郎、原文では浦島太郎と乙姫様は夫婦の契りを結んでいます。その仲は、偕老同穴、比翼の鳥、連理の枝、鴛鴦の契り・・夫婦の仲の良いこと、この上なし。・・なのに、何故別れて、しかも浦島太郎は変わり果てた姿になってしまったのでしょうか。浦島太郎と乙姫様の関係を「男女の出会いと別れという視点」で探ってみました。
「現代に伝わる浦島太郎」と「浦島太郎の原文」を紐解き、話題を「亀」「乙姫様」「竜宮城」「玉手箱」「お爺さん」そして「教訓」に絞って読み比べしてみました。各々の事柄は浦島太郎の物語を象徴するものであり、これらを読めば、”昔話” 浦島太郎の鑑賞がより楽しく、より面白くなると思います。