介護の詩|認知症高齢者への接し方|みんな夢の中|老人ホーム|詩境

※この頁では老人ホームでの出来事を、そこで働いている介護士が口語自由詩にてお伝えしています。

【車止めで一息 080】

みんな夢の中

(画像はイメージです/出典:photoAC)

老人ホームで暮らす、お爺ちゃんお婆ちゃんのこと、

気になりませんか? 

少しだけでも気にしてみて下さい。

それは、人生最期の自分の姿…なのかもしれません。

認知症が進んでいくと、

昨日あった記憶が今日はもう無くなっている…ということがあります。

認知症が進むということは家族にとって、

出口の見えないトンネルを進んでいくようなものなのかもしれません。

みんな夢の中 】

車止めで一息 080

みんな夢の中

認知症高齢者との会話①

朝食後のダイニングルーム。

私は車椅子の貴女様を見つけた。

貴女様も私を見つけてくれた。

ニコっと微笑む貴女様。

私も笑顔を返して挨拶をした。

貴女様の笑顔が輝く。

その可愛らしい瞳の奥には、

まるで親を見つけた子供のような、

安堵の光が見えた。

  *

居室に居れば吐く息は自分ひとり。

寝起きは自由にならない寝たきりの身体。

心許ない無意識な孤独。

独りは嫌いじゃあないけれども、

寂しいといつも口にしていた貴女様。

私は貴女様との会話を心がけた。

そして、一年前。

「〇〇様の故郷は◇◇◇ですよね」

「故郷でのこと、懐かしいですね」

貴女様は言った。

「行ったこと、あるんですか?」

「今度、遊びに来て下さい」

そして、半年前。

「〇〇様の故郷は◇◇◇ですよね」

「故郷でのこと、懐かしいですね」

貴女様は言った。

「◇◇◇?」

「どうして知っているんですか?」

そして、今日。

「〇〇様の故郷は◇◇◇ですよね」

「故郷って、懐かしいですね」

貴女様は言った。

「そうなんですか?」

「わかりません・・」

時の経過は、

故郷の話をしてくれたことも、

懐かしい故郷の記憶も全てを消し去っていた。

そしてさらに、

食事形態にも変化をもたらしていた。

一口食から刻み食、そして今はミキサー食。

嚥下機能の衰えも認知症と共に進んでしまったのだろうか。

進むことは光明なはずなのに、

老化が進むことは、

出口の見えないトンネルを手探りで歩いていくようなものだ。

そしてとうとう貴女様の記憶の引き出しは、

ゆがみ、きしんで、脳裏にひっついたまま、

ついに開かなくなってしまい、

故郷の記憶は永遠の彼方に消えていってしまった。

でも、私は知っている。

貴女様の記憶の引き出しには、

沢山の思いでがいっぱい詰まっていたことを。

楽しそうに話してくれた故郷の思い出がいっぱい詰まっていたことを。

楽しかったこと。

辛かったこと。

嬉しかったこと。

悲しかったこと。

頑張ったこと。

苦労したこと。

そして、

幸せだったこと。

そして、

愛する家族のこと。

みんなみんな、

たくさんたくさん、

貴女様の記憶の引き出しには、

今もいっぱい詰まっている。

ただ、今はもう、

開かなくなってしまっただけ。

ただ、今はもう、

思い出せなくなってしまっただけ。

思い出せなくなってしまった記憶は、

みんな遠い遠い夢の中。

みんなみんな夢の中。

みんな夢の中。

  *

朝食後のダイニングルーム。

皆、食後の薬を待っていた。

そして、

私を見つけたその可愛らしい瞳は、

まるで親を見つけた子供のような安堵感を漂わせて、

そして、言った。

「ごはん、まだぁ?」

【語句の補助解説】

嚥下機能

食べ物を口に入れてからゴックンと飲みこむまでの過程をいいます。日常のことであり当たり前のように思いますが、それも身体機能のひとつであり、高齢になると衰えて”普通に食べれない状態”になる場合があります。〔参考:摂食/嚥下障害|健康長寿ネット

認知症

私がよく参考にしております「健康長寿の認知症の頁」は分かりやすくまとめられていると思います。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

【 詩 境 】

詩 境

〔貴女様のこと〕

貴女様は老人ホームに入居したものの、日々の暮らしには寂しさがつのりました。

四六時中ナースコールを鳴らす貴女様の、話し相手になるのはスタッフしかいませんでした。

スタッフはできるだけ会話の時間を持ちましたが、割ける時間には限りがありました。

貴女様はやがて、認知症の症状が顕著になっていきます。

そしてとうとう、短期記憶を忘れてしまうだけではなく、故郷のことも、愛しあった夫のことも、大切な子供のことも、みんなみんな忘れてしまいました。子供のことは「えっ? いるんですか? わかりません」というご返事をされるようになったのです。ただ忘れてはいますが、顔を見れば”自分にとって大事な誰か”という認識を持たれているようでした。

もしも、貴女様の介護を現代の一般的な核家庭で継続していたら、家族は日々やるせない気持ちでいっぱいになり疲弊していたでしょう。

そういう意味において、老人ホームは大切な社会的役割を担っているのだと思います。

〔認知症の方への接し方〕

認知症を患っていても、その方の心の宝箱の中には思い出がたくさんギュッと詰まっています。思い出せないのは、残念だけれども、その宝箱がもう二度と開かなくなってしまったからです。

〔・・と、私は理解しています。医学的な理解は医師にまかせておきましょう。〕

ならば、それらの思い出を共有している周囲の人が「こんなことがあったね」「こんなこともあったね」「楽しかったね」・・と、宝箱の中身を本人に代わって思い出してさしあげればいいのです。

そうすることによって、その方が一生懸命に生きてきたこと、そして今も一生懸命に生きていること、つまりその方の生き様は尊重されます。

そして介護する者にとっては、その方の生き様に接するわけですから、大事にしないわけにはいきません。自然と親近感を覚えて、より丁寧な介護を実践することができます。

〔みんな夢の中・・〕

「みんな夢の中」では、貴女様の認知症がまだ進んでいない頃に、私はご本人様からいろいろな話を聴かせていただくことができました。つまり心の宝箱の中身をです。介護においては、本人様のことを「聴くという行為」によって共有し、そして日々の介護に活かしていきます。なので、傾聴という行為はとても大切なのです。

〔介護に大事なコミュニケーション力〕

ご入居者様の認知症がある程度進んでしまい、日々の介助に困難を伴う場合、ご家族様にその方の人生をお聴きすることもあります。ある方の場合、ご家族様はその方が日々書いていた日記を読ませて下さいました。それにより私は、その方への理解をよりいっそう深めて、介護するときには気持ちの余裕を持つことができました。

そのようにして、ご本人様への理解を深め、そして介護にあたっています。介護の仕事というと、周囲からは「下の世話が大変でしょう…」とよく言われます。それはそれで大変ですが、下の世話よりもっと大変で大事なことがあります。それは、その方を知り、知った事柄を介護に活かすコミュニケーション力を身に付けて発揮することです。

人は相手様に対して、”私のことを知っていてくれる、私のことを分かってくれている”という思いを持つことによって、心を開いていきます。心が開けば、介護はやりやすくなります。

でも認知症は短期記憶を喪失させるので、スタッフのことを覚えてはくれません。ただ、日々顔を合わせ、いろいろな介助をさせて頂いているうちに、スタッフの”印象”というものはインプットされていくようです。

なので、スタッフがその方と”いい関係”を築いていれば、顔を見合わせた時にはニコっとして下さいます。つまり介護者は、相手様に自分を好印象で伝わるように努めるとよいと思います。それもコミュニケーション力のひとつです。

以上の事柄が「みんな夢の中」の背景です。そして、私はこれからも貴女様を大切に思い、丁寧な介護に努めていくために、貴女様への介護を再確認することが必要だと思い、これを書きました。

※「認知症高齢者の方への接し方」については、ここでの解説より先に「その方の感情に共感する」ということがとても大事です。それは、認知症高齢者の方とのコミュニケーションのコツと云ってもよいでしょう。これについては、また別途記述したいと思います。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

今までの作品一覧

以下にございます。

介護の詩/老人ホームで暮らす高齢者の様子/「車止めで一息」/詩境

明日の自分が、そこにいるかもしれません。

お読みいただければ、幸いでございます。

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