※この頁では老人ホームでの出来事を、そこで働いている介護士が口語自由詩にてお伝えしています。
【車止めで一息88】
社会性に隠れた性(さが)

(画像はイメージです/出典:photoAC)

老人ホームで暮らす、お婆ちゃんお爺ちゃんのこと、
気になりませんか?
少しだけでもいいので気にしてみて下さい。
それは、人生最期の自分の姿…なのかもしれません。

介護の仕事に対して、
「体力いるでしょう? 大変ね」
「腰をわるくしない? 大変ね」
「オムツを替えるんでしょう、大変ね」
・・という感想をよく頂きます。
でも、私が感じている”大変さ”はそこにはありません。おそらく他の介護士も、そして自宅で親を介護されている方も、同じ意見は多いのではないかと思います。
私が大変だな..と思うのはコミュニケーションです。そうなんです。コミュニケーションに関する難しさは、介護の仕事だけでなく、どんな仕事にも共通するハードルですね。
ただ、介護の仕事は”感情労働”と言われるように、感情のコントロールがコミュニケーションに”必要以上に求められる仕事”です。私は今まで営業や接客業も経験してきましたが、それらとの比較においてもそう感じています。
他にも感情労働と評価されている仕事は多々ありますし、仕事というものは元々大変なものです。現場で働く者はお客様対応で感情を疲弊させているのですから、せめて社内では良好なコミュニケーションを維持して、メンタルヘルスを保つようにしてほしいなと思います。なのに、世間ではパワハラやセクハラが絶えません。それをする当事者は職責と労働安全衛生をいったいどのように考えているのか、呆れてしまいます。被雇用者のメンタルヘルス保持は雇用者の責務です。
*
話が少しずれてしまいました、すみません。
介護の仕事で”大変さ”を感じる最たるものは、認知症の方とのコミュニケーションです。ともすると、職責を忘れ自分を見失う寸前のときがあったりもするからです。
でも、ほとんど話題にはなりませんが、
実は、それら以外にもコミュニケーションで苦労する時があります。
それは、お客様が、人間の性(さが)を遠慮なくさらけ出してしまう時です。
この記事では、その一場面を切り取り、詩作品にしました。
【 社会性に隠れた性(さが) 】
車止めで一息 88
社会性に隠れた性(さが)
〔一〕
人は集まれば社会を作る。
誰かが意図していなくても、
自然と社会ができていく。
人はそこに社会性を発揮する。
でも、ほんのたまに、誰かが、
社会性にそぐわない言動に及ぶことがある。
そのとき、周囲は気分を悪くしてしまう。
実は、同じようなことが老人ホームでも起きている。
ここは住宅型老人ホーム、居住者六十名。
ダイニングルーム、食事の時間。
食席は決められていない。
でも日々少しずつ、
テーブルごとに座る人が固定していく。
そしてそこに小さな社会ができあがる。
食事が終われば解散してしまうけれども、
次の食事時間にはまた同じ社会が作られる。
そしてある日のこと。
ある人が既得権を主張した。
「そこは私の席よ! どいてちょうだい!」
その大きな声に周囲は驚き狼狽した。
・・譲り合う価値は見いだせないのだろうか。
・・了見が狭いということなのだろうか。
所変われども人は変わらない。
少し悲しい出来事だった。
〔二〕
介護度が低い人たちは、
自然にできあがっていく社会を受け入れ、
自立した食事を楽しんでいる。
居心地の感じ方は人によってまちまちだ。
自らを修正して社会に合わせる人がいれば、
新天地を求めて他の社会へ移る人もいる。
協調性や社交性は、
老人ホームでも必要な社会性なのだ。
介護度が高い人たちは、
スタッフが作る社会に帰属させられ、
食事は介助によって提供されている。
スタッフの意図によって作られた社会の様相は、
構成員が有しているADLと認知機能の程度により、
そしてそれら構成員の相性によっても、まちまちだ。
社会性は無きに等しい社会もあれば、
頓珍漢な会話でも社会性が発揮される楽しい社会もある。
身体機能が衰えていても、
認知機能の残存が高い人は、
スタッフが作る社会に不満を感じて帰属を拒否する場合がある。
生き物には自分と同じでないものを拒否する排他的性質があり、
人にもあるその本性が頭を持ち上げるのだ。
「私、この席、嫌よ! この人たちと同じにしないでしょうだい!」
スタッフはミスマッチと判断して修正する。
平和な社会であり続けることは、
何かと難しいものなのだ。
*
<言葉の説明/補足>
「社会性」
・”集団を作って生活しようとする人間の根本的な性質”という理解が一般的です。それに伴う協調性、道徳、モラルなども社会性のひとつとして理解してよいと思います。
<参考>社会性:Wikipedia
「性(さが)」
・複数の意味がありますが、ここでは「本性/生まれながらの性質」という意味で使いました。
「食席は決められていない」
・ダイニングルームは生活の場です。ご自身の判断で自分の好きな場所へ座って頂いております。そこには「自分のことは自分で決めていただく」「判断する能力を生かす」という意図があります。
”介護の三原則”に則った老人ホーム運営上の判断です。
「ADL」
・Activities of Daily Living の略語。日常生活動作のことです。対称的な認識として”人生の質”とか”生活の質”と訳す QOL(Quality of Life)があります。
<参考>ADL低下:健康長寿ネット
<参考>高齢者のQOL:健康長寿ネット
「認知機能」
・ここでは”認知症”と”老人性健忘症”の両方の意味で使いました。
「排他的性質」
・「排他的」の対義語として「協調的」「包括的」が上げられますが、排他的性質とは「異なるものに不寛容である」ということですから、理解の手段としては「類似性の法則」の反対であると考えれば分かりやすいと思います。
・類似性の法則/人は他者と出会った時、例えば、出身地が同じ、出身校が同じ、好きな食べ物が同じ、趣味が同じetc・・相手に自分との共通点があることが分かると、急に親しみを感じて心理的に近づきます。この心理作用は類似性の法則と呼ばれています。この心理作用はマーケティングや恋愛指南に使われたり、時には詐欺行為に悪用される場合もあります。
※「排他的性質を類似性の法則の反対と理解すると分かりやすい」という意味は、
〔あの人は私と同じだから親しみやすい〕を裏返せば ⇒〔あの人は私と違うから親しみにくい〕という意味になります。
〔あの人は私と違うから親しみにくい〕を裏返せば ⇒〔あの人は私と同じだから親しみやすい〕という意味になります。
*この「同じだから親しみやすい」「違うから親しみにくい」という感情は、差別やいじめを生む根源なので、自分がそうしないように強く心に留めて置かないといけません。
*そして、人は、そのような感情で判断することは短絡的であり、そのままでいたら私達の世界は限定的なものとなり、他の良い価値を知ることができない、みんなが一緒に仲良く平和に暮らすことは永遠にできない・・と気が付きました。
そして思いました。
人の価値は、すぐに同じだとか違うとかが分かるような、そんな単純なところには無いのだ…と。
この認識は、個人の尊厳と世界の平和を考えるときに必要な重要な認識です。

(画像はイメージです/出典:photoAC)
【 詩 境 】
詩 境
介護の仕事は「きつい」「危険」「きたない」と評価され、3Kと呼ばれています。給料が安いということを加えて4Kという言い方もあるそうです。
<参考>介護における3K(5K)とは
また、書籍やネットで紹介される”介護現場の話”は、その多くが「きつい」「危険」「きたない」を積極的に取り上げています。なので、それらを読む人にとっては「やっぱりそうなんだ…」という印象は強くなっているのだと思われます。
でも、分かっていただきたいのは、いつか自分が介護される身になるということです。全ての人ではありませんが、皆その可能性を持っています。
もしも自分が介護される立場になった時、
自分を介護してくれる人に対して、
「体力使ってきついでしょうから、しなくていいですよ」
「感染するかもしれない危険があるから、しなくていいですよ」
「うんこが手に付いて汚いでしょうから、しなくていいですよ」
・・と、言うのでしょうか。
たぶん、言わないと思います。横柄な人なら「金払っているんだから、きちんとやれよ」と言うのかもしれません。
2025年現在。日本では、介護される必要がある人がどんどん増えていき、介護行政に必要なお金がどんどん多くなり国や自治体の財政を圧迫していっています。なのに、介護に必要な介護士は増えず、生産年齢人口が減り必要なお金は不足していっています。現在、それらの困難に対して、光明を見出せる具体的な政策は不明瞭なままです。
*
そのような中にあって、上記詩作品のような出来事は日常的些事として注視されることはありません。注視されることは無いからこそ、そのような出来事が実際に起きていることを、人間の営みの問題として知って頂きたく思いました。
認知機能の低下の程度や内容は、人によって様々です。
社会性に関していえば、
認知機能の低下とともに社会性も失われていき、多くの人は傍若無人という形容が相応しい状態になっていきます。
でも中には、介護度が4とか5になって全介助(全部介護者がしてさしあげること)を必要とするようになった人でも、凛として社会性を保持している人もいらっしゃいます。
社会性が失われた方への介護は、精神的にタフでないと務まりません。
その入り口にいる人の状態が、この詩作品に書かれた、一見して日常的な出来事なのです。

(画像はイメージです/出典:photoAC)
【今までの作品一覧】
以下にございます。
”介護の詩/老人ホームで暮らす高齢者の様子/「車止めで一息」/詩境”
将来のご自身の姿が、そこに見えるかもしれません。