介護の詩/人生は微分と積分/老人ホームでの息遣いと命の灯57/詩境


【車止めで一息】

人生は微分と積分

老人ホームで暮らしている、お爺ちゃん、お婆ちゃんのこと、気になりませんか? 

その方は元数学教師。私に、微分と積分を人生になぞらえて教えて下さいました。数学の苦手な私でしたが、これでやっと微分と積分を理解できました。そしてそれは、まるで人生の羅針盤のようでした。ありがとうございました! 〇〇様!

私は、介護士として、老人ホームで働いています。

そして、年老いた人がこの世を去っていく、その様子の中に、様々な人生模様を見る機会を頂いております。

介護/老人ホーム

私が介護士として働いている施設は「住宅型介護付き有料老人ホーム」です。

自立の方、要支援1~2の方、要介護1~5の方、各々の高齢者の方が住まわれており、ターミナルケア(終末期の医療及び介護)も行っている施設です。

私は、そこで見て感じた様々な人生模様を、より多くの人たちに伝えたいと思いました。

なぜなら、「老人ホームではこんなことが起きているんだ」と知ることによって、介護に対する理解が深まり、さらに人生という時間軸への深慮遠謀を深める手助けになるだろうと思ったからです。

それは、おせっかいなことかもしれません。でも、”老後の生き方を考えるヒント” になるかもしれないのです。

伝える方法は、詩という文芸手段を使いました。

詩の形式は、口語自由詩。タイトルは「車止めで一息」です。これは将来的に詩集に編纂する時のタイトルを想定しています。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

高齢者の、老人ホームでの息遣いと命の灯を、ご一読いただければ、幸いでございます。

【車止めで一息】

〔口語自由詩〕

車止めで一息 57

人生は微分と積分

貴方様は元数学の教師、八十八才。

よく喋る。

「あなた、微分って知ってる? 知らない?」

「じゃあ、私が説明してあげますよ」

レポート用紙にHBの鉛筆。

サッササッササッサ。

白い紙にグラフと数式が描かれた。

貴方様は妻に先立たれ、子供は独立。

まだまだお元気だ。

「子供が心配してね、私をここへ入れたんです」

「子供の安心のためですよ」

喋りながら動く鉛筆。

グルグルグルグル。

クネクネした曲線の右端の直前が丸で囲まれた。

貴方様は意気揚々と喋り出す、緩む頬。

声に張りがある。

「私の人生が、この曲線」

「私の今を微分すると、ここ、私はこの辺りに居るんです」

丸で囲まれた部分をトンと指し示す鉛筆。

トントントントン。

その鉛筆で丸の真下に数式がサラサラと書き出された。

私の生まれたのがここ〔a〕

私が死ぬ日がここ〔b〕

私の人生全部がこれ、この面積。

そういって、

貴方様は、

a と b の間の領域を鉛筆で塗りつぶした。

ササササササ、サー

そして、大きな声で言った・・・とても、大きな声だった

「私は、今まで一生懸命に生きてきました!」

すると、

貴方様は、

丸く囲んだ部分を再度鉛筆で指し示した。

「この部分を、今という時間で輪切りにするでしょう」

そして、

貴方様は、

顔を上げ、私を見て元気な声で言った。

「〇◇ △◇▽、八十八才、老人ホームで生きてます!」

さらに、

貴方様は、

穏やかな笑顔でニコニコしながら私に言った。

「私は、まだまだ元気。でも、あともう少しで死にます!」

「この数式に間違いはありません!」

「始点と終点、始まりと終わり、ここに人生の真理があります!」

「この間のことは、良くも悪くも、自分次第です。

貴方様の教え方は明快だった。

 人生をね、

 もしも微分積分になぞらえたら、

 こういうことなんです。

 人生はね、

 過去の自分を振り返ったら、それが積分。

 人生はね、

 今の自分をしっかり見つめること、それが微分。

 今生きているのはね、

 一生懸命に生きてきた、

 過去という積分があるからなんです。

 ・・・ということはね、

 今というこの瞬間はね、

 明日という未来を、

 一生懸命に作っているということなんですよ。

 だから、

 今が大切。

 もしも失敗をね、引きずったら、

 明日という未来が傾くからね。

 そうならないように、

 今の自分をしっかりと微分して、

 頑張ってくださいね。

貴方様は私の顔をじっと見つめた。

 ありがとうございます!

 微分積分が今この時、やっと理解できました!

 人生は微分積分なんですね!

貴方様は穏やかに優しい顔で私を見た。

 うん。

 ただね・・・

 もしも今、人生に悩んで、

 もしも今、死にたいとか思っていたら、

 その時は、微分しちゃあ駄目だよ。

 その時はね、

 未来を積分するんです。

 今はこんなふうにドン底にいるけれども、

 未来はきっと明るい何かがあるはずだって。

 そう思ってね、

 未来を積分するんです。

 そうすれば、

 今辛くても乗り越えることができるんです。

 実際、私が、そうだったから。

貴方様は私に人生の羅針盤を与えてくださった。

老人ホーム、

ここには数々の知恵がある。

画像はイメージです/出典:photoAC)

あきら

どんな仕事でも対応に苦慮する場面はあるものですが、介護現場で苦慮する場面を上げるとしたら、それは ”介護拒否” ではないかと思います。

介護する方としては、その介護を完結することが収入源となります。介護を拒否されて「はい、わかりました。じゃあ、やめときます」というわけにはいかないのです。介護する方としては、どうしたって介護しないといけない・・・でも相手様は拒否する。なので、介護者は無理をしてしまう。そこには虐待の芽が生まれる可能性があります。

そんな労働環境の中にあって、この作品のように、ご入居者様とじっくりと話ができた時は、少しホッとします。

この作品の場合、貴方様は伝えたいことを伝えられたし、私は傾聴して勉強になったし、お互いに良かったわけです。なので、 ”いい記憶” ”いい仕事”として、私の記憶に残っており、言葉にして残しておきたいと思いました。

<人生を微分積分するといこと>

老人になるということは、必ずしも穏やかなことではありません。目は見えづらくなる、耳はきこえづらくなる、排泄はそそうをして周囲を困らせ、自分の意志でトイレに行くことさえもできなくなってしまうのです。

「こんなはずじゃあ、なかった」「ああ、はやく迎えにきてくれないかしら」….と、口にされるお年寄りは多いです。介護する方としては、とても介護しづらいタイプになります。

そんな時、そのお年寄りは人生の「今の自分」しか見ていません。実は、微分の仕方がよくないのです。

同じ微分をするにしろ、いいことだけを抜き出して「今日は~だったから、ああ、よかった!」という思考回路で今日の自分を微分することが、老後の幸せにつながるのだと思います。

今日、私は、車椅子に座っている94才のお婆ちゃんと一緒に、老人ホームの庭を散歩しました。見上げれば青い空、ぽっかり浮かぶ白い雲、色とりどりのパンジー….。お婆ちゃんは「今日はいいものを見させてもらいました。またよろしくお願いします」と喜んでくださいました。・・・介護の現場にいて、こういう時は、ホッとします。

【参考】

介護の詩/車止めで一息/老人ホームでの息遣いと命の灯

読んでくださり、ありがとうございます。