介護の詩/お化粧が人生の華/老人ホームでの息遣いと命の灯58/詩境


【車止めで一息】

お化粧が人生の華

老人ホームで暮らしている、お婆ちゃん、お爺ちゃんのこと、気になりませんか?

私は今、介護士として老人ホームで働いています。

施設は「住宅型介護付き有料老人ホーム」です。

自立の方、要支援1~2の方、要介護1~5の方が住まわれており、ターミナルケア(終末期の医療及び介護)も行っている施設です。

介護/老人ホーム

私はそこで働きながら、人が老いていく様子のその中に、様々な「発見と再発見」を得る機会をいただいております。

そして私は、それらの「発見と再発見」を、より多くの人たちに伝えたいと思いました。

なぜなら、「ああ、老人ホームではこんなことが起きているんだ・・」と知ることで、介護に対する理解が深まり、さらに人生という時間軸への深慮遠謀が深まると思ったからです。

そしてさらに、それらは、おせっかいかもしれませんが、老後の生き方を考えるヒントになるかもしれないのです。

伝える方法は、詩という文芸手段を使いました。

詩の形式は、口語自由詩。タイトルは「車止めで一息」です。これは将来的に詩集に編纂する時のタイトルを想定しています。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

高齢者の、老人ホームでの息遣いと命の灯を、ご一読いただければ、幸いでございます。

口語自由詩

車止めで一息 58

お化粧が人生の華

今は何の季節であるとか、

今日は寒いとか暖かいとか、

分からない、知らない。

でも、お化粧は知っている。

今日も洗面の鏡に向かって、

楽しそうにファンデーションを塗る、

今は認知症、八十八歳の貴女様。

今は何月であるとか、

今日は何日であるとか、

分からない、興味がない。

でも、お化粧は気にしている。

今日も洗面の鏡をのぞき込みながら、

嬉しそうに眉を描く。

今は認知症、八十八歳の貴女様。

今何処に住んでいるとか、

ここにいつから住んでいるとか、

分からない、聞いても忘れる。

でも、お化粧は覚えている。

今日も洗面の鏡の前でコスメケースを広げ、

小気味よく頬紅をさす、

今は認知症、八十八歳の貴女様。

これから何処へ行けばいいのか、

これから何をしようとしているのか、

分からない、我関せず眼中にない。

でも、お化粧はしたくてしょうがない。

今日も洗面の鏡に自分の顔を映し出す、

仕上げは口紅だ。

「できたわよ」

笑顔の貴女様。

「おきれいですよ」

ほめるわたし。

表情を緩めてニコニコッと微笑む貴女様。

貴女様は、

もう一度ブラシを手にとり髪に軽く当て、

首を少しだけ左右に振って鏡の中の自分を覗き見た。

・・・・・

「で、これから、とこへ行くんですか?」

「朝ごはんですよ、〇〇様」

目を見開く貴女様。

車椅子は軽快に動き出した。

画像はイメージです/出典:photoAC)

あきら

私の父は認知症を患い、最期の時、その症状は要介護5まで進んでいました。そして私は、介護職に就く前までは、父を見て、認知症とはこうい病気なんだと理解していました。でも、その認識はとても狭いものだったと、後になって分かりました。認知症には実に様々な疾患があるのですね。

介護初任者研修では、その講義の中「代表的な認知症は、アルツハイマ―型認知症脳血管性認知症レビー小体型認知症前頭側頭型認知症(ピック病)の4つです」と学びます。ただ、それは机上での学習でしかありません。

いざ実際に現場へでて感じたのは、人の性質や性格を表す言葉に”十人十色”という言葉があるように、認知症の症状も”十人十色”だということです。

もちろん、症状を厳密に分析すれば先に述べたように、どんな型の認知症に該当するのかを知ることはできると思います。でも、現場での対応にはほあまり意味がありません。

現場では、その方に残されている認知機能を引き出し、そして維持してさしあげるお手伝いが重要なのです。

多くの場合、長く取り組んできた趣味や生活の信条、習慣などは、認知症の症状の進み具合によりますが、記憶の中に留まっている場合があるので、それを探してさし上げることが重要になってきます。

この作品に登場する ”八十八歳の貴女様” の場合、お化粧をする時が一番生き生きされている時だったのです。なので、お化粧について残っている認知を大事にするため、ケアの時間の中にお化粧時間を増やす等の工夫をして対応していました。

この作品は、その ”八十八歳の貴女様” への、ある朝のモーニングケアでの一コマを、言葉にして切り取ったものです。

【参考】

介護の詩/車止めで一息/老人ホームでの息遣いと命の灯

読んでくださり、ありがとうございます。