介護の詩/「穏やかな黒水晶」/老人ホームでの息使いと命の灯04/詩境


【車止めで一息】

穏やかな黒水晶

老人ホームで暮らしている、お婆ちゃん、お爺ちゃんのこと、気になりませんか? 

私は、老人ホームで介護士として働いています。

そして、人々が老いていく様子のその中に、日々様々な人生模様を見る機会をいただいております。

介護/老人ホーム

私は、そこで見て感じた様々な人生模様を、より多くの人たちに伝えたいと思いました。

なぜなら、「老人ホームで起きていること」を知ることによって、介護に対する理解が深まり、さらには人生という時間軸への深慮遠謀を深める手助けになるだろうと思ったからです。

それは、おせっかいなことかもしれません。でも、老後の生き方を考える”ヒント”になるかもしれないのです。

伝える方法は、詩という文芸手段を使いました。

詩の形式は、口語自由詩。タイトルは「車止めで一息」です。これは将来的に詩集に編纂する時のタイトルを想定しています。

高齢者の、老人ホームでの息遣いと命の灯を、ご一読いただければ、幸いでございます。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

【車止めで一息】

車止めで一息 04

穏やかな黒水晶

部屋の扉を開け、

真っすぐ進んで行ってカーテンを開けた。

元気な陽光が差し込んでくる、また朝が来た。

「おはようございます、〇〇様」

私は朝の到来を貴女様に告げた。

ベッドに寝たら、

自分では起き上がれない貴女様。

天井に張り付いた朧げな常夜灯の下、

独り布団をかぶり、

誰か来るまで、

闇の中にいるしかない貴女様。

貴女様は、

掛布団の縁を両手でちょんとつかんで、

顔だけ見せている。

パチクリパチクリした

貴女様の目が、

私を下からのぞいていた。

私を見つめる二つの瞳は、

今日も綺麗だ、美しい。

その二つの瞳は黒いのに、

透き通って見える黒水晶のよう。

「来てくれたん? これで死なずにすんだ。ありがとう」

私に話しかける二つの瞳は今日も、

子供のように柔らかく微笑み、

お星様のようにキラキラ輝く黒水晶。

「なんのようなん?」

「朝ですよ、〇〇様。朝ご飯にしましょう」

「お腹はすいていない、さっき食べた」

返事をする二つの瞳は今日も、

安心できる宿を探して彷徨いながら浮遊する、

旅人のような黒水晶。

「あら、さっき食べたなら、お腹はいっぱいですね」

・ ・ ・ ・ ・

言葉は貴女様の脳髄まで届いたのだろうか。

彷徨う美しい黒水晶はピタリと止まり、

強い視線が中空に走った。

中空には、何も無い。

そして貴女様は、

中空に向かって言った。

「いっぱいかどうかは、お腹にきいてみないとわからん」

「〇〇様、じゃあ、お腹にきいてみてください」

その瞬間だ。

中空を見つめる黒水晶はピカリと光り、

貴女様は顔をきゅっと傾けて、

強い視線で私を見た。

「お腹に? 何を、きくん?」

「お腹、すいていますか? って」

「あははははは、馬鹿じゃあないの? お腹に耳はないよ」

「そうですね、〇〇様、お腹に耳はないですね、あははははは」

私も声を出して笑った。

下の世話をしながら、私は話題を変えた。

「故郷の島根には、温泉が沢山あって、いいですね」

・ ・ ・ ・ ・

貴女様の、

顔は私に向いているのに、

貴女様の、

黒水晶は私に向いているのに、

貴女様の心は遠い遠いずっと遠い、

遠い記憶の果ての何処か遠くを、

見続けて彷徨っているようだった。

そしてしばらく彷徨った・・・その後に、

貴女様の黒水晶は私を見て言った。

「ここにもある。ここは島根だから」

・ ・ ・ ・ ・

貴女様の、

心の中の時間と空間は、

大宇宙の混沌と同じだ。

私はそこへ、

貴女様専用のフレームを、

付けて返してみた。

「そうですね、ここは島根ですものね」

・ ・ ・ ・ ・

貴女様は柔らかく、

そして嬉しそうに頷いた。

「今日は、一緒に、温泉へ行きましょうね」

すると黒水晶は、

磨きをかけたように麗しくなって、

キラキラキラキラ、さらに輝きを増した。

「あっ、その前にご飯を食べて、腹ごしらえをしておきましょう」

「いっしょに食べてくれるん?」

「はい、わたしも、いっしょに食べますよ」

貴女様は口元をゆるめ目じりを下げ、

ひときわ大きく膨らんだ黒水晶をクルクルまわしながら、

ほっほっほっほっ・・と、微笑んだ。

寄り添えば笑顔

貴女様は顔を真上に向けた。

そのとき、

美しい黒水晶は、

穏やかに穏やかに、

遠くを見ていた。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

詩 境

あきら

〇〇様の認知症はだいぶ進んでいました。直前の記憶は残りません。

でも、会話は、内容はともかく、成り立ちました。ただ、脈絡がないだけでした。

私は、いつも次のような工夫をしてコミュニケーションに努めていました。

1.オーム返しを多用しました。オーム返しは、特に相手様が認知症の場合、相手様が発した言葉を間をあけずに直ぐ返すことが大事です。

2.相手様の思考や、描いているであろう情景を想像して、それらと同じものを自分の頭の中に描き、相手様と同じものを見れるようにしました。これが文中の「貴女様専用のフレームを付けて返す」の意味です。

3.必要に応じて方便を使いました。結果、介護側の望む方向へ進むのであれば、それは是としました。

これらを実践すると、話は頓珍漢でも、良好なコミュニケーションをとることができました。そして、〇〇様の目はキラキラ輝き、私を一生懸命に見つめてくれるようになったのです。

その目は美しく、そして穏やかな表情をしていました。

オーム返し(バックトラッキング)/NLPの技法

かとうあきら

アメリカ生まれの心理学の実践方法に「NLP」というコミュニケーション技法があります。

これによると、オーム返しは「バックトラッキング」と呼ばれていて、円滑なコミュニケーションの有力なテクニックとして紹介されています。

また、相手様の思考方法や価値基準を一度壊して、新たな思考方法や価値基準を構築して、相手様と共有するコミュニケーションテクニックには「リフレーミング」があります。

認知症の方とのコミュニケーションにおいて、相手様の思考形態に合わせるという意味では「リフレーミング」も参考になります。

NLP

NLP(=Neuro Linguistic Programing/神経言語プログラミング)は、別名「脳の取扱説明書」とも呼ばれている最新の心理学です。

私は小売り店頭で働いているとき、実演販売時にお客様を引き込むコミュニケーション技法として、NLPを活用させていただきました。

今また、認知症の方とのコミュニケーションで活用できるものはないかと、いろいろ試している最中です。

独りで行く車止までの旅

(画像はイメージです/出典:photoAC)

私が介護士として働いている施設は「住宅型介護付有料老人ホーム」です。

自立の方、要支援1~2の方、要介護1~5の方が住まわれており、ターミナルケア(終末期の医療及び介護)も行っている施設です。

【参考】

★【前回公開した詩】「独り言は願い事」(◇◇様の独り言)

介護の詩/「独り言は願い事」/老人ホームでの息遣いと命の灯03/詩境

介護の詩/「故郷の記憶」/老人ホームでの息遣いと命の灯05/詩境

介護の詩/「車止めで一息」/老人ホームでの息遣いと命の灯

読んでくださり、ありがとうございます。