介護の詩/覚悟のありがとうございました/老人ホームでの息遣いと命の灯41/詩境


【車止めで一息】

覚悟のありがとうございました

老人ホームで暮らしている、お爺ちゃん、お婆ちゃんのこと、気になりませんか? 

「ありがとうございます」と、いつも云ってくれていたあなた様。でもその時はありがとうございました」でした。私は ”死への覚悟” を知り、目に涙を溜めました。

私は、介護士として、老人ホームで働いています。

そして、年老いた人がこの世を去っていく、その様子の中に、様々な人生模様を見る機会を頂いております。

介護/老人ホーム

私は、そこで見て感じた様々な人生模様を、より多くの人たちに伝えたいと思いました。

なぜなら、「老人ホームではこんなことが起きているんだ」と知ることによって、介護に対する理解が深まり、さらに人生という時間軸への深慮遠謀を深める手助けになるだろうと思ったからです。

それは、おせっかいなことかもしれません。でも、”老後の生き方を考えるヒント” になるかもしれないのです。

伝える方法は、詩という文芸手段を使いました。

詩の形式は、口語自由詩。タイトルは「車止めで一息」です。これは将来的に詩集に編纂する時のタイトルを想定しています。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

高齢者の、老人ホームでの息遣いと命の灯を、ご一読いただければ、幸いでございます。

【車止めで一息】

〔口語自由詩〕

車止めで一息41

覚悟のありがとうございました

あなた様は生きていた。

百二歳とは思わせない健脚で、

杖を使い小走りして、

閉じかけのエレベーターに飛び乗ることもできた。

あなた様は生きていた。

いつも穏やかに微笑み、

いつも「ありがとうございます」と言いながら、

いつも楽しそうに生きていた。

あなた様は生きていた。

どんな些細な介助にも、

いつもペコリと頭を下げて、

「ありがとうございます」と言ってくれた。

朝、カーテンを開けてさしあげれば、

にこにこして、

「ありがとうございます」

トイレで、パッドを交換してさしあげれば、

にこにこして、

「ありがとうございます」

洗面時、ホットタオルをお渡しすれば、

にこにこして、

「ありがとうございます」

部屋の扉を開けてさしあげれば、

にこにこして、

「ありがとうございます」

部屋の照明を消してさしあげれば、

にこにこして、

「ありがとうございます」

食事時、椅子を引いてさしあげれば、

にこにこして、

「ありがとうございます」

あなた様は生きていた。

いつも穏やかに微笑み、

いつも「ありがとうございます」と言いながら、

いつも楽しそうに生きていた。

・ ・ ・ ・ ・

楽しそうに生きていた・・・なのに、

無常は世の中の常。

知らず知らずの体調変化。

そしてある日の体調急変。

あなた様は介護ベッドに仰臥位のまま・・・

・ ・ ・ ・ ・

陽は昇り、

青い空はいつしか暮れていった。

あなた様は、生き長らえていた。

ベッドの上でも穏やかに微笑みながら、

か細い声で「ありがとうございます」と言いながら、

あなた様は、生き長らえていた。

・ ・ ・ ・ ・

そして、

酸素吸入マスクがあなた様の顔を覆った。

酸素発生器はベッドサイドで唸り続けた。

点滴も加わった。

命を延ばす透明な雫はポタリポタリと落ちていき、

あなた様の身体へと浸み込んでいった。

・ ・ ・ ・ ・

暮れた空は真っ暗になり、

有明の月はひとり寂しく浮かんでいた。

・ ・ ・ ・ ・

家族は悩んだ。

家族は望まなかった。

「痛みがないのなら、何の処置もしないでください」

酸素吸入マスクも点滴も外されて、

あなた様は元のあなた様に戻った。

あなた様は、生き長らえていた。

目を閉じていても、

その顔はいつも穏やかに微笑み、

あなた様は、生き長らえていた。

ベッドを起こし、

スプーンでOS1を口元へ運べば、

あなた様は言った・・わずかな力を出して、

「ありがとうございます」

・ ・ ・ ・ ・

陽は幾度となく昇り沈み、

月も幾度となく昇り沈み、

雲は流れて形を変え、

夕焼けの橙色は夜の闇に覆われていった。

その日、

私はベッドを起こし、

スプーンでOS1をあなた様の口元へ運んだ。

一口・・・

二口・・・

三口・・・

運んだところで、

あなた様は微かに両目を開き、

わずかな力を出して・・・そして、

言った・・・小さいけれども、

はっきりした声で、

魂を絞り出すように言った。

「ありがとうございました」

嗚呼、なんということだろう!

あなた様の覚悟、

「ありがとうございました」

翌日、

あなた様は、

帰らぬ人となった。

※ パッド:リハビリパンツやおむつの中に敷いて、尿を吸収し、お通じを受け止めるもの。パッドだけ交換すればいいので、リハビリパンツやおむつを汚すことが少なくなり節約につながります。

OS1:オーエスワン。大塚製薬の経口補水液。

画像はイメージです/出典:photoAC)

あきら

「ありがとうございますの次に来る”言葉”や”思い”は何でしょうか。

きっと・・・

「ありがとうございます。まだまだ、お世話になりますが、今後ともよろしくお願いいたします」なのではないでしょうか。

それでは、

「ありがとうございましたの場合はどうでしょうか。

きっと・・・

「ありがとうございました。もう大丈夫です。お世話になりました。もうこれ以上のお世話を頂戴することはできません。もう結構でございます。本当にありがとうございました」なのではないでしょうか。

”継続する感謝” と “完結する感謝” の違いです。

”現在進行形の感謝” と ”過去形の感謝” の違いとも言えるでしょう。

この方は、スプーンのOS1を口に含んだ後に「ありがとうございました」と、小さいけれども、はっきりした声で伝えて下さいました。

“死への覚悟” …..その思いを感じたとき、私の唇は震え、目には涙が溜まりました。

あきら

死が近づいたら、又は死ぬ間際に「ありがとうございました」と側にいる人に伝えられる、私もそういう生き方をしたいし、そういう死に方をしたい…..と思いました。

私が介護士として働いている施設は「住宅型介護付有料老人ホーム」です。

自立の方、要支援1~2の方、要介護1~5の方、各々が住まわれており、ターミナルケア(終末期の医療及び介護)も行っている施設です。

【参考】

介護の詩/車止めで一息/老人ホームでの息遣いと命の灯

読んでくださり、ありがとうございます。