介護の詩/「息子の教え」/老人ホームでの息遣いと命の灯06/詩境


【車止めで一息】

息子の教え

老人ホームで暮らしている、お婆ちゃん、お爺ちゃんのこと、気になりませんか? 

私は、老人ホームで介護士として働いています。

そして、人々が老いていく様子のその中に、日々様々な人生模様を見る機会をいただいております。

介護/老人ホーム

私は、そこで見て感じた様々な人生模様を、より多くの人たちに伝えたいと思いました。

なぜなら、「老人ホームではこんなことが起きているんだ」と知ることによって、介護に対する理解が深まり、さらに人生という時間軸への深慮遠謀を深める手助けになるだろうと思ったからです。

それは、おせっかいなことかもしれません。でも、老後の生き方を考える”ヒント”になるかもしれないのです。

伝える方法は、詩という文芸手段を使いました。

詩の形式は、口語自由詩。タイトルは「車止めで一息」です。これは将来的に詩集に編纂する時のタイトルを想定しています。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

高齢者の、老人ホームでの息遣いと命の灯を、ご一読いただければ、幸いでございます。

【車止めで一息】

※文中の〇〇様の〇〇には、自分の親、親しい人、大事な人などの名前を入れて読んでみてくださいませ。

車止めで一息 06

息子の教え

面会室に充満する大きな声。

こぼれ出た声は、廊下を転ばないように走っていった。

その主は息子。

「お父さん、車椅子から立ったら駄目だよ」

「足腰弱っているんだからね、また転んだら、今度は骨を折るよ」

「天国の母さんも心配しているからね」

「わかった? お父さん。スタッフさんのことをよく聴いて、守ってね」

椅子から尻を浮かせ身を乗り出し、

大きな声で父の耳元へ話しかける息子。

ただただ、首をタテに振り、うなずく父。

息子の一生懸命は空気を揺らして廊下を走り、

ホーム中に伝わっていった。

父に寄り添い、父を一生懸命に諭す息子。

それを黙って聴く父。

子を思う父がいたからこそ、一生懸命な子がそこにいる。

父を思う子がいたからこそ、今の父の姿がそこにある。

平和で幸せな家族の香りと温もりが、

息子の声と一緒になって、

面会室からこぼれ出ていった。

「強く言ったから、もう大丈夫だと思います」とスタッフに伝える息子。

玄関の硝子ドアが閉まり、息子の背中がやがて小さくなった。

車椅子の黒いタイヤがゆっくりまわる長い廊下。

「〇〇さん、今日は、息子さんが来てくれて、よかったですね」

首をタテに振り、うなずく貴方様。

「息子さんは、何を話していらっしゃったんですか?」

「息子? さあ、何を話していたんだろうね。忘れたよ・・・」

詩 境

あきら

車椅子を使っている方が「頑張れば歩けるかも」と思って、不用意に立ち上がろうとして、転んでしまうことがあります。

ただ転ぶだけならいいのですが、脚の骨を折ってしまい入院。退院した頃には、もう二度と立ち上がれなくなってしまった、という場合もあり、転倒は高齢者にとって一番避けたい事故です。

〇〇さんの場合は、脚の骨を折ることは免れました。そして頭を打つこともありませんでした。不幸中の幸いでした。

この話、実際は面会室ではなく、食事時に集まるダイニングルームで見聞した話を元にしています。

父親が転倒したという連絡を受けた息子さんは、その日のうちにホームにいらっしゃいました。そして、ダイニングルームでたたずんでいた父親の横に座り、父親の耳元に向かって話をしていました。息子さんは、周囲の目を一切気にせず、それはもう一生懸命に、周囲の人に聞こえる大きな声で諭すように、父親の耳元へ向かって話をしていました。

そして、話し続ける息子に、父親は前を向いて黙ったまま、時々うなずくばかりでした。

父親には、もう認知症が始まっていたので、父親は息子さんの言葉を本当に忘れてしまったのかもしれません。それとも、スタッフに返答するのが面倒で「忘れてしまったよ」と言ったのかもしれません。

わたしは、本当に忘れてしまって、思い出すことさえも面倒ではなかったのかな・・と想像しています。

でも、私は思いました。

たとえ記憶に残らなくても、子が親に一生懸命に話しかける、その様子には「家族っていいなぁ」と感じられる、心の拠り所とでも云える安心と美しさを感じました。

家族って、温かい香りがするものなのですね。

車止まで一人旅

(画像はイメージです/出典:photoAC)

私が介護士として働いている施設は「住宅型介護付有料老人ホーム」です。

自立の方、要支援1~2の方、要介護1~5の方が住まわれている施設で、ターミナルケア(終末期の医療及び介護)も行っています。

【参考】

★【前回公開した詩】「故郷の記憶」

介護の詩/「故郷の記憶」/老人ホームでの息遣いと命の灯05/詩境

介護の詩/「コーラが飲みたい」/老人ホームでの息遣いと命の灯07/詩境

介護の詩/「車止めで一息」/老人ホームでの息遣いと命の灯

読んでくださり、ありがとうございます。