【車止めで一息65】
老人ホーム

老人ホームで暮らす、お婆ちゃんお爺ちゃんのこと、
気になりませんか?
少しだけでも気にしてみて下さい。
それは、人生最期の自分の姿…なのかもしれません。

老人ホームは他界へ繋がっている人生のどんづまり。
どんづまりだけれども、そして狭い世界だけれども、そこには老人ホームの暮らしがあり、みなさん一生懸命に生きています。その世界を垣間見て下さい。
私は今、介護士として老人ホームで働いています。
施設は「住宅型介護付き有料老人ホーム」です。
自立の方、要支援1~2の方、要介護1~5の方が住まわれており、看取りも行っている施設です。
介護/老人ホーム
私はそこで働きながら、人が老いて、そして他界していく様子のその中に、様々な「発見と再発見」を得る機会をいただいております。
そして私は、それらの「発見と再発見」を、より多くの人たちに伝えたいと思いました。
なぜなら、
「ああ、老人ホームではこんなことが起きているんだ・・」と知ることによって、介護に対する理解が深まり、さらに人生という時間軸への深慮遠謀が深まると思ったからです。
そしてさらに、
これはおせっかいなことかもしれませんが、
介護をする方にとっても介護をされる方にとっても、
老後の生き方を考えるヒント….
それは人生の締めくくり方を考えるヒント…..
になるかもしれないと考えるに至ったからです。
伝える方法は、詩という文芸手段を使いました。
詩の形式は、口語自由詩。タイトルは「車止めで一息」です。これは将来的に詩集に編纂する時のタイトルを想定しています。

(画像はイメージです/筆者の友人撮影:東急大井町線 大井町駅))
高齢者の、老人ホームでの息遣いと命の灯を、ご一読いただければ、幸いでございます。
【車止めで一息 】
口語自由詩
車止めで一息 65
老人ホーム
老人ホームは、
他界へと繋がっている。
老人ホームは、
他界へと繋がっている人生のどんづまりだ。
止まれ。
どんづまりだけれども、
日常生活の行動力を衰えさせないように、
どんづまりだけれども、
日常生活の質を落とさないように、
老人ホームには老人ホームの暮らしがある。
知っていてほしい。
モーニングケア。
「今日も来てくれたのね」と、
喜ぶ笑顔がある。
知っていてほしい。
ダイニング。
「そこは私が座る席よ」と、
怒り出す仏頂面もある。
知っていて欲しい。
眺める満開の桜の木の下で、
「命の洗濯ができた」と、
花見を喜ぶあなた様がいる。
知っていてほしい。
失禁すれば、
直後は気まずい顔をしてうつむくけれども、
少しすれば忘れて晴れた顔のあなた様がいる。
知っていてほしい。
イベントの時間。
赤桃黄色の花や緑の枝葉をオアシスに刺し、
遠目に眺めては頷く満足顔の貴女様がいる。
知っていてほしい。
狭い世界の中だけれども、
みんな一生懸命に生きている。
限られた時間と限られた場所だけれども、
みんな一生懸命に生きている。
そして、
意識するも、
意識しないも、
どっちも無い。
みんな知っている。
ここはどんづまり、
ここは人生の車止め。
だけど、
一生懸命に、
いきている。
*
>日常生活の行動力を衰えさせないように
・〔参考〕ADL「日常生活動作」Activities of Daily Living
>日常生活の質を落とさないように
・〔参考〕QOL「生活の質」Quality Of Life
※ オアシス :生花をアレンジする時に生花を刺して使用する、緑色の吸水性スポンジ。

(画像はイメージです/筆者の友人撮影:東急大井町線 大井町駅))
詩境
父の介護/介護の詩..について
私がまだ介護職に就く前のことです。
私の父の介護について少し話したいと思います。
そして、父のことを話しながら、この一連の「介護の詩/車止めで一息」の詩境についても言及したいと思います。
*
私の父は認知症を患い、自宅で家族によって支えられていました。
介護認定を申請すると、既に要介護3。
その時、84歳。
すぐに老健(老人介護保険施設)で暮らすことになりました。経済的に有料老人ホームは遠い存在だったからです。ただ老健はリハビリを意図する施設です。三か月後には退所を求められました。特養(特別養護老人ホーム)を希望しましたが、150人待ちだと云われてしまいます。特養でお世話になることは、諦めるしかありませんでした。
それで老健での暮らしをなんとか延長し、結果としては約半年ごとに三か所の老健を移り住みながら暮らしました。そしてその後、介護認定の見直し申請にて要介護5の認定を受けることにより、ケアマネージャーさんのご尽力を頂き、150人待ちを一挙に超えて、特養(特別養護老人ホーム)に移ることができました。そして、そこで89年の人生を終えました。最期は誤嚥性肺炎に伴う老衰でした。
〔参考〕:「老健施設とは」
〔参考〕:「特別養護老人ホーム(老健)」とは
時々、見舞い(この言葉は適切ではないと、今は思っています)に行っていましたが、老人ホームの社会的な役割とか、社会が抱えている問題とか、介護の具体的な内容とか、そこで暮らしている他の皆さんの様子とかは…全く興味なく、関心事は父の様子だけ。
日々、気になるのは、父の認知症の進み具合と、かかる費用のやりくり、ただそれだけでした。全く認識が甘かったと、今頃になって反省しています。
*
老人ホームとは、どのような場所なのか、
各々の施設によって何がどのように異なるのか、
スタッフの体制やスタッフの質はどうなのか、
食事の内容は?
レクリエーションは?
看護師は?
夜間の体制と対応は?
緊急時の対応は?
終末期を迎えた時にはどのように対応してくれるのか、
・・・その他にも、いろいろ。
老人ホームは、
大切な家族の終の棲家となる場所ですから、
そして自分が暮らすことになるかもしれない場所ですから、
ひとつひとつ確認しておくことが沢山あります。
また、経済的な余裕があれば有料老人ホームの中で悩めばいいのですが、経済的な余裕がなければ、私の父の事例のように、老健を渡り歩く…云わば”たらいまわし状態”もあるのです。
ある老健では「もう面倒見れませんので出ていってください」という言い方で退所を迫られたことがあります。
私は唖然としました。
これはつまり「お父様の認知症の程度は、私どもでは対応しきれません」ということなのですが、当時の私は、”そういうことを面倒みてくれるのが老人ホームでしょう?”という認識でした。
その時、介護認定の再申請から特養入所への道筋をつけて下さったのがケアマネージャーさんです。ケアマネージャーさんには感謝するばかりです。
社会は今、介護士の不足だけでなく、ケアマネージャーも不足しています。身近に感じていない方は、自治体による差がかなりあることを知って下さい。介護を求めても介護を受けられない…介護難民の顕在化は、もう、すぐそこまで来ています。
そのような、いろいろな社会問題も含めて、私達は老後という人生の時間軸の最後をどのように生きていったらいいのか・・、
そういう意識を持つ為の、きっかけになっていただけたらと思い、これら一連の「介護の詩」を書いております。
これを読んでくださった皆様の、何かのお役にたてれば幸いでございます。
【作品一覧】

ご一読いただけましたら、幸いでございます。
読んでくださり、ありがとうございます。