介護の詩|老人ホームの様子|後期高齢者の延長戦③ハーモニカ・故郷

※この頁では老人ホームでの出来事を、そこで働く介護士が口語自由詩で伝えています。

【車止めで一息75】

後期高齢者の延長戦③

〔ハーモニカ・故郷〕

(画像はイメージです/出典:photoAC)

老人ホームで暮らす、お爺ちゃんお婆ちゃんのこと、気になりませんか? 

少しだけでも気にしてみて下さい。

それは、人生最期の自分の姿…なのかもしれません。

ここで私が言葉にした”後期高齢者の延長戦”とは、後期高齢者の方が人生最終幕の日々を、急激に衰えていく心身と格闘しながら生きている様子のことです。ただの延長線ではなく格闘しているのですから「延長戦」なのです。

※詳しくは以下もご参照下さいませ。

介護の詩|老人ホームの様子|後期高齢者の延長戦①|映画・モロッコ

介護の詩|老人ホームの様子|後期高齢者の延長戦②|将棋・穴熊作戦

プロローグ:後記高齢者の延長戦

「故郷」という歌、多くの人がご存じだと思います。

♪兎追いし かの山~♪ 

♪小鮒釣りし かの川~♪

・・の歌詞で始まる、1914年(大正3年)に発表された文部省唱歌の代表曲です。

私が働いている老人ホームのご利用者様の中に、ハーモニカを奏でるのを得意としている方がいらっしゃいました。その方は、時折、皆の前でその音色を聴かせて下さり、演奏の最後にはいつも「故郷」を演奏して下さいました。そして、皆はその音色とメロディに酔いしれて、胸をジーンと熱くするのでした。

今回は、その方への感謝の手紙を書いてお元気だった時の様子を描き、後半ではその方の後期高齢者としての延長戦を描きました。そうすることにより「元気な頃」と「延長戦」を対比させ、その落差による感慨を表現してみようと思いました。表現の手段は口語自由詩です。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

【車止めで一息】

車止めで一息75

後期高齢者の延長戦③

   〔ハーモニカ・故郷〕

貴方様が奏でるハーモニカの音に、

皆の心は奪われました。

貴方様が奏でるハーモニカのメロディに、

皆の心はゆらゆらと心地よく酔いました。

♪うーさーぎー おーいし かーのーやーまー♪

♪こーぶーなー つーりし かーのーかーわー♪

貴方様のハーモニカは、

皆の心をジンジンと揺らしてくださいました。

貴方様のハーモニカは、

皆の心を故郷へ連れ戻してくださいました。

皆の心はジンジンと喜びに震え、

皆の心はやがてキラキラと虹色に輝き、

帰りたいけれども帰れなくなってしまった故郷に、

心を思いのままに浮遊させることができました。

貴方様のハーモニカは、

時空を旅して心を癒してくれるプロフェッショナルの技。

このホームの皆の宝物でした。

ありがとうございました。

  *

倒れていた。

開けっ放しのトイレから頭と身体半分を外に出して、

貴方様は背中を上にして顔だけを横に向けて倒れていた。

尻が見えていた。

リハパンを太ももに留めたままにして、

貴方様の尻は見えていた。

左の靴下は脱げていた。

右足は踵を出してぶらんと脱げかかり、

貴方様の靴下は脱げていた。

そしてトイレの中は便と尿にまみれていた。

昨日は失禁。

今日は転倒。

忍び寄る老いにやられっぱなしの貴方様。

それでも倒れた姿勢のまま貴方様は言った。

「めしは?」

着替えを用意すれば目に入るのはチェストの上。

もうだいぶ前から置きっぱなしの、

今は寂しいハーモニカの黒いケース。

ふたを開ければ、

赤い別珍の真ん中に、

ピカピカ光る凛としたハーモニカ。

沢山並んだ規則正しい拭き口。

演奏姿の貴方様が目に浮かぶ。

ドレミファソラシドレ・・・

 ♪ ♪ ♪ ♫ ・・・

ハーモニカの拭き口は規則正しいけれども、

貴方様の心身は、

今となってはもう、

不規則だ。

そして今、

貴方様の手は、もうそれを握らない。

貴方様の唇は、もうそれを吹かない。

貴方様の心は今何処に。

貴方様は今、

後期高齢の延長戦、

真っ只中。

<語句の説明>

【リハパン】

・リハパンはリハビリパンツの略称。リハビリパンツは下着感覚で履けるショーツ型の紙パンツです。それ自体に吸水性がありますが、介護では陰部にあたる部分に吸水用パッドを敷いて、パッドと一緒に使います。

ADL(日常生活動作)の中で排泄行為は人間の尊厳に関わる大事な行為行動です。なので、できるだけトイレで排泄できるように、ADL(日常生活動作)が低下してもリハパンを着用して頂き、排泄時にはトイレに行って下着感覚でリハパンを上げ下げするように援助するのが介護の基本です。

・そして、ADL(日常生活動作)がさらに落ちてトイレでの座位が保持できなかったり、便座への移乗時に発生する身体的な負荷やリスクが増大するような場合には、リハパンではなく前開きのオムツを着用して頂きます。吸水用パッドを併用して、それらの着脱はベッド上で、ご本人様は仰臥位のまま行います。

【失禁防止対策】

老人ホームでは食事の時間は決まっています。水分の補給については、ADL(日常生活動作)が低下している方は自ら補給することができなかったり又は自らはしないので、介助によって行われるのが常です。

つまり、食事と水分摂取の時刻は毎日ほぼ一定なのです。ということは、食事と水分摂取のその量にもよりますが、排泄する時刻もほぼ一定になるはずだという予測が立ちます。

なので、

①対象とする方の、食事量と水分摂取量の記録を開始します。そして、排泄された時間と内容を24時間、1~2週間に渡って記録し続けます。

②その実績により、その方の排泄のリズムを把握します。

そのリズムに合わせて、少しだけ先回りしたトイレ誘導の時刻、又はオムツ交換の時刻を決めます。

④③を実行する中で、誘導時刻や交換時刻の修正、また時間帯によって異なる排泄の量により、使用するパッドの種類(サイズや厚み/給水量の違い)にも修正を加えたりしながら、その方のより快適な日常生活を追求していきます。

【転倒時の対応と対策】

・転倒して骨折し入院。退院して老人ホームに戻ってきた時には車椅子生活・・ということになってほしくはありません。ただ、24時間見張っているわけにはいかず、独歩できる人に危ないから車椅子にして下さいとは言えず、また昨今はできるだけ自立を促すという介護の方針がありますから(参考:自立支援)、転倒事故は避けられないものとして起こりえるものなのです。

・転倒発見時にスタッフは、その方の意識の確認、身体の状態を確認、バイタルサイン測定、看護師への連絡、他のスタッフへの応援要請を行います。看護師は担当の医師と連絡をとり、その後の判断を仰ぐ場合もあります。状況によってはスタッフの判断で、即時救急搬送が行われる場合もあります。

・その日のうちに、転倒事故の全スタッフへの共有、転倒時の再現と検証、原因の想定又は特定を行い、再発防止対策立案のカンファレンス(会議)が行われます。

この頁の事例のように排泄時の転倒は多いので、排泄が想定される時間辺りにトイレ誘導の声かけをするという失禁対策にも関係してきます。そして、多くの場合、例えば以下のような対策がとられます。

 :居室内のご本人様の導線に手摺を設置又は追加する。

 :履物、靴下を、現状よりも転倒しにくいであろうものに変更する。

 :スタッフによる訪室、声かけの回数を増やす。またその時間を変更する。

 :睡眠導入剤を使っている場合は、投薬時刻と量を再検討する。

 :居室から食堂やレクリエーションへの誘導時にはスタッフが同行する。

 ・・・等々

(画像はイメージです/出典:photoAC)

【 詩 境 】

詩 境

私が介護の仕事に就くようになったのは2019年の4月のことです。

そして、介護の仕事を始めてから間もない頃、実は私の心の中には、いつ辞めようかな….自分はいつ辞めるんだろう・・という思いが度々駆け巡っていました。

そんなふうに、私が介護の仕事をネガティブに捉えていた頃に出会ったのが、ここに紹介させて頂いたハーモニカを演奏するお爺ちゃんです。

そのお爺ちゃんが皆の前でその音色を披露するとき、それは胸がジーンと熱くなる時間でした。上手いとか下手だとか、その技量の話ではありません。そのハーモニカの音色とメロディーが皆の心を包み込み、その時間と空間が皆の心とひとつになる・・そういう感慨を持つことができたのです。そしてその演奏を目で見て耳で聴いていた入居者様は、口々に感動した心の様子を話して下さいました。

「故郷かぁ….あ~あ、昔のこと、思い出しちゃったよ…」と口にしながら、目を赤くして涙を拭われる方もいらっしゃいました。

私は思いました。

老人ホームにはこういう感動の場面があるんだ。ここで生活されている皆さん、どのような人生を送ってきたのだろう…きっといろいろあったんだろうなぁ…。そして私は…介護の仕事にもう少し関わってみよう…そう思ったのです。

私の心に残る、介護の仕事への私のモチベーションを上げてくださったお爺ちゃんに感謝しております。

私は、そのお爺ちゃんのことを、きちんと言葉で残しておきたいと思いました。

最後までお読みくださり、ありがとうございます。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

今までの作品一覧

以下にございます。

介護の詩/老人ホームで暮らす高齢者の様子/「車止めで一息」/詩境

明日の自分が、そこにいるかもしれません。

お読みいただければ、幸いでございます。

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