【車止めで一息68】
特別運行列車/時刻表

老人ホームで暮らしている、お婆ちゃん、お爺ちゃんのこと、気になりませんか?

93才、女性。マンションで一人暮らしをされていました。息子さんは遠方に住んでいるので、母の様子を頻繁には確かめられません。不安な息子さんは、母に老人ホームへの入居を勧めました。・・本意ではない母。でも、受け入れる母。・・母の本音と、その過ごし方への工夫もまた、人生の感慨を紡いでいます。
私は今、介護士として老人ホームで働いています。
施設は「住宅型介護付き有料老人ホーム」です。
自立の方、要支援1~2の方、要介護1~5の方が住まわれており、看取りも行っている施設です。
介護/老人ホーム
私はそこで働きながら、人が老いて、そして他界していく様子のその中に、様々な「発見と再発見」を得る機会をいただいております。
そして私は、それらの「発見と再発見」を、より多くの人たちに伝えたいと思いました。
なぜなら、
「ああ、老人ホームではこんなことが起きているんだ・・」と知ることによって、介護に対する理解が深まり、さらに人生という時間軸への深慮遠謀が深まると思ったからです。
そしてさらに、
これはおせっかいなことかもしれませんが、
介護をする方にとっても介護をされる方にとっても、
老後の生き方を考えるヒント….
それは人生の締めくくり方を考えるヒントに、
なるかもしれないと思ったからです。
伝える方法は、詩という文芸手段を使いました。
詩の形式は、口語自由詩。タイトルは「車止めで一息」です。これは将来的に詩集に編纂する時のタイトルを想定しています。

(画像はイメージです/出典:photoAC)
高齢者の、老人ホームでの息遣いと命の灯を、ご一読いただければ、幸いでございます。
【車止めで一息 】
口語自由詩
車止めで一息 68
特別運行列車/時刻表
あなた様は不機嫌だった。
・・ここに居たら、よけいにボケちゃうわよ。
・・部屋ではテレビを観るしかなくて、
・・ご飯を食べる以外にやることないじゃあない!
・・予定表は真っ白よ。
あなた様は訥々と話した。
・・わたしは、まだ独りでもやっていけるのよ。
・・こうやって歩けるし、買い物だってできるし。
・・こんな杖、ただ持っているだけ。邪魔よ!
・・手帳なんか持っていても意味ないわね。
あなた様はそれでも家族の気持ちを斟酌した。
・・息子がね、心配するからね、しかたがないわね。
・・息子の言う通りにしてあげただけよ。
・・あとは、あの世へ行くのを待つだけだわ。
・・でも、私はまだ死にそうにないでしょう?
あなた様は散歩を選んだ。
外の景色を見て、
外の空気を吸い、
外の世界に触れた。
帰りにはコンビニに立ち寄り何か買って帰る。
あなた様の息抜きだ。
あなた様は散歩の予定を手帳に書き込んだ。
スタッフが同行する。
転倒、迷子、交通事故・・危険はいっぱいだ。
そして同行にはサポートサービス料という費用がかかる。
介護保険は適用外だ。
ご家族の同意と同意書が必要だが、
あなた様は知らない。
あなた様は散歩の予定をカレンダーにも書き込んだ。
スタッフは話しかける。
コミュニケーション能力の発揮に比例して、
あなた様はいろいろなことを話してくれる。
家族のこと、自分のこと、
そして、人生のことを。
あなた様は予定の詰まった手帳を思い出していた。
スタッフは知っていく。
あなた様のことを、
散歩のたびに少しずつ知っていく。
それが後々の介護の役に立つ。
とても役に立つ。
スタッフはあなた様の過去を自分の手帳に書き留めていった。
介護される身にしてみれば、
自分のことを知っている人には心を開きやすい。
そして介護する方の身にしてみれば、
心を開いてくれる人に介護はやりやすい。
だから、その人を知るということは、
介護技術の大事なひとつなのだ。
スタッフは次の散歩の予定を手帳に書き込んだ。
老人ホームという特別運行列車に乗ったあなた様。
気持ちのいい介護でお世話をさせていただきます。
朝昼晩の食事、ご入浴、体操の時間、
脳トレの時間、レクリエーション、庭いじり、
散歩の時間、ご家族訪問の日・・・
時刻表は一緒に作ってまいりましょう。
終点までの旅行をお楽しみくださいませ。
短いけれども、
そこにも、
あなた様の、
人生という時間軸があります。
そして白い頁に、
予定を一緒に書き込んでまいりましょう。
明日が見えてきます。
あなた様の時刻表です。
*
斟酌(しんしゃく):相手の気持ちを推し量って、配慮すること。
〔類似した言葉に「忖度(そんたく)」があります。相手の気持ちを推し量る意味は「斟酌」と同じですが、「斟酌」の方には ”推し量った後の行動” が伴います。ただ、2000年を過ぎた辺りからでしょうか。政治の世界で「忖度」が 「斟酌」と同じように ”行動も伴う意味” も含めて使われるようになりました。その頃からだと思われます。「斟酌」と「忖度」の意味の解釈は似た者同士、曖昧になっています〕

(画像はイメージです/出典:photoAC)
詩境
老人ホームを受け入れるまで
この93才の女性、入居した頃は「拒否」と「怒り」が入り混じったような、「拒否」と「怒り」の感情が行き来しているような、話をすればボルテージは熱くなりっぱなし。介護スタッフは傾聴することが主な仕事でした。
散歩に同行すれば、ホームを出発してからホームに帰るまで、ずっと愚痴をこぼしていたのです。
でも、その時期を過ぎると、落ち着いて「しかたがないわね、順送りだものね」と、それは諦念なのか、受容なのかは分かりませんが、ある落ち着きが出てきました。
※このように心理の変遷過程は「障害の受容過程」と酷似しています。
老人ホームで暮らすだなんて…「私はこんなはずではなかったのに!」という思いは、自己否定から混乱へと向かうのですが、この辺りの心理は、障害受容の第一期である ”ショック期” と似ています。そして混乱した心理は決まった過程を経て受容へと向かいます。厚生労働省の参考になる資料を以下に記します。
〔参考〕「障害の受容過程」自己理解の旅
私達は皆、死へと向かっていく道を歩いていくわけですが、いざ現実味を帯びてくると、そうやすやすと受け入れできるものではないと思います。でも、そういう場合の心理過程を予め予習しておくことによって、覚悟は決めやすくなるのではないかと思います。そういう意味では、「死の受容過程」についても、予習をしておいて無駄はないように思います。
〔参考資料〕キューブラ―・ロスの看護理論
〔参考資料〕エリザベス・キューブラ―=ロス (wikipedia))
「しかたがないわね、順送りだものね」
※「順送り」・・この言葉は死語になりつつあるのかもしれません。若年のスタッフにきいてみましたが、知らないという返事が多かったです。ここでの「順送り」とは「人は皆、順番に”あの世”へ送られていく」という意味です。私がこの言葉を理解できたのは、私の他界した母がよく使っていたからだと思います。
〔”怒り・拒否” から ”受容” への変化〕
その93才のお婆ちゃんは約10か月位かけて、
毎日、朝は朝刊をきちんと読み、体操に参加し(私が勤める老人ホームでは、午前10時から約40分間の体操の時間があります)、毎日ほぼ決まった時間に散歩に出かけ、ご自身の生活に ”シャキシャキッとした規律と管理” を自らの力で作りあげました。
残りの人生、きっと有意義に過ごされると思います。
【作品一覧】
「特別運行列車1番線」「特別運行列車2番線」は、以下にございます。

ご一読いただけましたら、幸いでございます。
読んでくださり、ありがとうございます。