介護の詩/不安が安心に変わるとき/老人ホームでの息遣いと命の灯28/詩境


【車止めで一息】

不安が安心に変わるとき

老人ホームで暮らしている、お爺ちゃん、お婆ちゃんのこと、気になりませんか? 

死への不安は少ない方がいい。その無意識の意識は、煎餅をかじる内耳に伝わる音にも、実は ”生きている証” を感じさせているのです。

私は、介護士として老人ホームで働いています。

そして、人々が老いていく様子のその中に、様々な人生模様を見る機会を頂いております。

介護/老人ホーム

私は、そこで見て感じた様々な人生模様を、より多くの人たちに伝えたいと思いました。

なぜなら、「老人ホームではこんなことが起きているんだ」と知ることによって、介護に対する理解が深まり、さらに人生という時間軸への深慮遠謀を深める手助けになるだろうと思ったからです。

それは、おせっかいなことかもしれません。でも、老後の生き方を考える”ヒント”になるかもしれないのです。

伝える方法は、詩という文芸手段を使いました。

詩の形式は、口語自由詩。タイトルは「車止めで一息」です。これは将来的に詩集に編纂する時のタイトルを想定しています。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

高齢者の、老人ホームでの息遣いと命の灯を、ご一読いただければ、幸いでございます。

【車止めで一息】

車止めで一息28

不安が安心に変わる時

深夜のナースコール、三〇五号室、◇◇様だ。

・・すみません、教えてください。

・・はい、なんでしょうか?

・・わたしは、生きているんですかね? 死んでいるんですかね?

・・えっ?

・・わからなくなっちゃたんですよ。

  もしかしたら、死んでいるかもしれないんです。

  すぐ、見に来てください、お願いします。

・・・・・

貴方様は、

ベッドに横になり、

大音響のテレビを眺めながら、

煎餅をかじっていた、

午前一時。

「眠ったら、そのまま、あの世へ行っちゃうかもしれないじゃあ、ないですか。そう思ったら、眠れなくなっちゃったんですよ」

貴方様の、それが口癖だった。

深夜のナースコール、三〇五号室、また◇◇様だ。

・・すみません、教えてください。

・・はい、なんでしょうか?

・・わたしは、生きているんですかね? 死んでいるんですかね?

・・ちゃんと生きているから、大丈夫ですよ。

  安心して、おやすみくださいませ。

・・そうですか。それを聞いて安心しました。おやすみなさい。

・・はい、おやすみなさい、◇◇様。

・・・・・

午前四時。

貴方様は、

部屋の灯りを点けたまま、

大音響のテレビもつけたまま、

昼間と同じシャツとズボンを着たまま、

寝息を立てて、

眠っていた。

・・・・・

部屋の灯りを消したら、そこは闇。

大音響のテレビを消したら、そこは静寂。

「暗いのは嫌なんです。暗いのは不安なんです」

「音が無いのは嫌なんです、音がないと不安なんです」

貴方様は、

煎餅をかじりながら、

本当は不安と格闘していたのだ。

煎餅をかじる、

内耳に伝わる音もまた、

貴方様にとっては安心の内、

生きている証だったのだ。

その日、

・・眠ったら、そのままあの世へ行っちゃうかもしれないじゃあないですか

貴方様の口癖は、本当になった。

・・わたしは、生きているんですかね? 死んでいるんですかね?

そんな素朴な疑問を確かめることなく、

貴方様は朝早く、

眠ったまま、あの世へ行ってしまった。

おやすみなさい、◇◇様。

安らかにお眠りくださいませ。

もう、不安はありません。

もう、安心ですよ。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

あきら

「早くお迎えにきてくれないかしら」「もう、いつ死んでもいいわ」という言い方は多くの方が口にされています。まだまだ元気な人に多いですね。

一人ではトイレへ行けない、お尻を自分で拭くことさえままならない・・食事介助も必要になる・・でも、認知機能はまだしっかりされたいる方が「ああ、こんなことになるのなら、80くらいのときに死んでおくんだった」と呟いていたを聞いたこともあります。

この詩の事例では「自分が生きているのか死んでいるのか分からなくなってしまった」というご本人様の発信に、私は感慨を覚えました。生きようとしているのに、生きている感覚が感じられないようなのです。

私は心の中で、この方の心は空虚な箱となっているように感じました。この場合、考えられる全ての五感を総動員して感じさせてさしあげることが、この方への寄り添いなのだろうなぁ・・と思い、会話では全てに共感し、笑顔で応え、今を肯定することに時間を費やしました。

私が介護士として働いている施設は「住宅型介護付有料老人ホーム」です。

自立の方、要支援1~2の方、要介護1~5の方が住まわれており、ターミナルケア(終末期の医療及び介護)も行っている施設です。

【参考】

介護の詩/車止めで一息/老人ホームでの息遣いと命の灯

読んでくださり、ありがとうございます。