介護の詩/「記憶の胞子」/老人ホームでの息遣いと命の灯01/詩境


【車止めで一息】

記憶の胞子

老人ホームで暮らしている、お婆ちゃん、お爺ちゃんのこと、気になりませんか?

私は今、介護士として老人ホームで働いています。

施設は「住宅型介護付有料老人ホーム」です。

自立の方、要支援1~2の方、要介護1~5の方が住まわれており、ターミナルケア(終末期の医療及び介護)も行っている施設です。

介護/老人ホーム

私はそこで働きながら、人が老いていく様子のその中に、様々な「発見と再発見」を得る機会をいただいております。

そして私は、それらの「発見と再発見」を、より多くの人たちに伝えたいと思いました。

なぜなら、「ああ、老人ホームではこんなことが起きているんだ・・」と知ることで、介護に対する理解が深まり、さらに人生という時間軸への深慮遠謀が深まると思ったからです。

そしてさらに、それらは、おせっかいかもしれませんが、老後の生き方を考えるヒントになるかもしれないのです。

伝える方法は、詩という文芸手段を使いました。

詩の形式は、口語自由詩。タイトルは「車止めで一息」です。これは将来的に詩集に編纂する時のタイトルを想定しています。

(画像はイメージです/出典:photoAC)

高齢者の、老人ホームでの息遣いと命の灯を、ご一読いただければ、幸いでございます。

車止めで一息 01

記憶の胞子

「おはようございます」

・・・・・

訪問すると、

かけ布団の縁を両手でちょこんとつかみ、

目を覚ましていた貴女様。

わたしを見つけた、

そのときの、その顔は無欲恬淡。

やさしい目をしていた。

そして言った。

「あんた、だれ?」

わたしは、

月曜日と木曜日の朝の定期便。

わたしは貴女様の体調を確認し、

貴女様の下半身を裸にして陰部を洗う。

わたしは貴女様の、

おむつを交換し続けて、もう十か月。

なのに貴女様は、

「あんた、だれ?」

その日はたくさん汚れていた。

時間をかけて丁寧に洗浄していくその間、

部屋の空気にさらされたままの貴女様。

寡黙な時間は、わたしと貴女様の無言の行。

次の瞬間だった。

貴女様は、

ふり絞った力で首を少しだけ持ち上げ、

そして言った。

「そんなところを長い間、開けておくもんじゃあない!」

そしてさらに!

貴女様は、

両目をきりりとさせて、わたしに言った。

それは、

貴女様が貴女様であることを証明する、

清らかで美しく、そして凛とした、

貴女様の、魂の声だった。

「はやく、閉めなさい!」

ドキッとしたわたしは両手を止めた。

わたしは嬉しくなって貴女様の顔を見つめ

そして返事をした。

「はい、先生!」

貴女様は今、

両手をいっぱいに広げ、

万里の彼方を彷徨う記憶の胞子を集めて、

心の中に抱き寄せようとしている。

貴女様は今、

脳細胞の扉を全部開け切って、

集めた記憶の胞子をばらまき、

自分自身を蘇らせようとしている。

そして、貴女様は今、

自信にあふれた顔で教壇に立ち、

教室中に響き渡る凛とした声で、

生徒たちに熱弁をふるっている。

自分の中に眠っていた自分自身を、

蘇らせた貴女様に、

わたしを叱ってくれた先生に、

わたしは嬉しくて嬉しくて・・・涙した。

「先生! 今日も、よろしく、お願いいたします!」

詩 境

あきら

貴女様は認知症。そして、一度横になったら自分で起き上がることはできません。

貴女様は、その昔、中学校の教師でした。

貴女様には、認知症だけれども、時折見せてくれる振る舞いの中に、教師であった面影を見せてくれる一瞬がありました。

車止まで一両、孤独が続きます

(画像はイメージです/出典:photoAC)

【参考】

【参考:次に公開している詩】「順送り」(〇〇様の独り言)

介護の詩/「順送り」/老人ホームでの息遣いと命の灯02/詩境

介護の詩/「車止めで一息」/老人ホームでの息遣いと命の灯

読んでくださり、ありがとうございます。